2023 11thqbio session4

From Japanese society for quantitative biology

セッション4「生物理論のフロンティア」

1/7 15:00-16:30
Chair: 小林 徹也 (東京大学)

15:00-15:30 自己組織化系のベイズ力学

  • 磯村 拓哉 (理化学研究所)
  • 要旨:ベイズ力学は、力学系をベイズ推論として概念化するための、自由エネルギー原理を発展させた新たな分野である。しかし、現実的な自己組織化系にベイズ力学を適用するためには、その系が潜在的に持つ生成モデルの解明が不可欠である。本発表では、一般的な力学系のハミルトニアンはある種の生成モデルのクラスに対応しており、その結果、系のヘルムホルツエネルギーは同定された生成モデルの下での変分自由エネルギーと等価になることを紹介する。ヘルムホルツエネルギーを最小化する自己組織化は、系内部のハミルトニアンを環境のハミルトニアンと一致させる方向へと変化させ、その結果一般化同期が現れる。つまり、これらの自己組織化系は、相互作用する環境の変分ベイズ推論を潜在的に実行していると見なすことができる。この特性が現実の系において自然に現れることを、結合振動子、神経回路モデル、培養神経回路、量子コンピュータの例を用いて紹介する。ベイズ力学の観点は、環境と相互作用する自己組織化系の漸近的性質に関する理解と予測を可能とし、知性の創発の根底にある潜在的なメカニズムに関する洞察を与えてくれる。
  • 参考文献

15:30-16:00 カオスを情報処理に活用する

  • 中嶋 浩平 (東京大学)
  • 要旨:カオスは、自然界に普遍的に存在し、極めて複雑なダイナミクスを生み出す。このダイナミクスを計算資源として積極的に活用することはできないか?素朴に考えると複雑なダイナミクスは表現能力的には豊潤で多くのことができそうに思える。一方、初期値鋭敏性を考えたとき、入力に対する再現性は低そうだ。この二つの性質を乗りこなすことがここでの課題となる。本発表では、近年のリザバー計算の展開に紐づけて、カオスを有効活用するシナリオをいくつか紹介する。

16:00-16:30 大腸菌代謝動力学モデルの恒常性と死

  • 姫岡 優介 (東京大学)
  • 要旨:どのような生物も代謝を行なっている。外部に存在する栄養分子を他の分子へと変換し、その過程でエネルギーや、細胞体の構成要素を取り出すという営みは自己維持や自己複製にとって、なくてはならないものである。細胞代謝の理論的研究は、その関心を定常状態に限定することによって進展してきた。それらの研究では「代謝状態が定常状態に到達し、そこに恒常的に維持される」ことは前提条件とされている。しかし、1,000種を超える化学物質が、1,000種を超える化学反応によって相互に変換されているという極めて複雑な系において、常に代謝状態が安定になるとはにわかに信じがたい。そこで「果たして定常状態はそれほど安定なのか」を、動力学モデルを使って問うことにした。まず、大腸菌中心代謝経路のモデルは適当にパラメーターをアサインすると、いとも簡単に「代謝が回らない」状態になることが分かった。また、パラメーターを慎重に選んで代謝が回るモデルを作ったとしても、代謝物質濃度の摂動への応答性が、細胞の「おもちゃモデル」に比べると非常に強いことも明らかになった。安定な定常状態というものは、少なくとも代謝の動力学モデルの範囲においてはそう易々と得られるものではないようである。「恒常性・安定性の崩壊」の極限として「細胞死」がある。細胞が死にゆくプロセスは、定常状態性を仮定する代謝静力学のモデルでは原理的に理解することのできない現象であるため、モデル細胞がどのように死ぬのか、モデル細胞のPoint of No Returnは何によって決まるのか、といったことも加えて議論したい。
  • 参考文献
    • [1] YH, and Chikara Furusawa. 2023., bioRxiv. https://doi.org/10.1101/2023.10.18.562862.
    • [2] YH, and Namiko Mitarai. 2022., Phys. Rev. Res. 4 (4): 043223.
    • [3] 畠山哲央, 姫岡優介, 『システム生物学入門』, 講談社


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