2023 11thqbio session3

From Japanese society for quantitative biology

セッション3「生物デザインの理解と再構成」

1/7 10:00-12:00
Chair: 鈴木 誉保 (東京大学)

10:00-10:30 タンパク質設計技術による定量生物学を目指して

  • 小杉 貴洋 (分子科学研究所)
  • 要旨:近年、計算機を用いてタンパク質を合理的に設計する技術が急速に発展しており、これまでにさまざまな形や機能を持ったタンパク質が創り出されてきた。しかしながら、それらの技術を用いても、天然のタンパク質複合体が生み出す協奏的な機能が、定量的に制御されたことはなかった。そういった中で、我々は最近タンパク質複合体にアロステリック部位を設計することで、協奏的な機能を制御する手法を考案し、回転型モータータンパク質の協奏的機能である回転能を制御することに成功した。さらに、この方法では、設計したアロステリック部位への調節分子の結合能を変えることで、その回転速度を変えることができることも示された。これは、将来的に回転モータータンパク質を定量的に指定した速度で回転するように改造することも可能になることを期待させる。本発表では、タンパク質設計技術に基づくタンパク質複合体の改造について、我々の最近の成果をお話しするとともに、その技術の定量生物学への適用について、皆様と議論できたらと考えている。
  • 参考文献
    • [1] T. Kosugi*, T. Iida, M. Tanabe, R. Iino, N. Koga*. “Design of allosteric sites into rotary motor V1-ATPase by restoring lost function of pseudo-active sites”, Nat. Chem., 15, 1591-1598 (2023)

10:30-11:00 力学と化学の連携による細胞パターン形成

  • 茂木 文夫 (北海道大学)
  • 要旨:生物が卵から個体に至る過程では、様々な細胞が固有の運命・形・機能を獲得する。この形態形成では、細胞が「機械的な力」を感知・応答する現象が重要であることが近年発見された。力作用は、細胞内で不均一に分布し一見不規則な変動を示すが、最終的に細胞に規則的なパターンを確立させる。力作用が細胞内化学反応と連携して細胞の運命・形・機能を制御するメカニズムを解明する試みとして、線虫初期発生をモデル系とした一連の研究を紹介する。受精卵は、精子由来因子によって細胞内力作用を対称から非対称に転換し(文献1−3)、この力作用の非対称性が運命決定因子のパターン形成を誘導する(文献4−6)。本公演では更に、細胞間コミュニケーションを介した初期胚パターニングを解析する新規手法に関しても紹介することで、将来展望を議論したい。
  • 参考文献
    • [1] Nat. Cell. Biol. (2006) doi: 10.1038/ncb1459
    • [2] Nat. Cell Biol. (2011) doi: 10.1038/ncb2354
    • [3] Dev. Cell (2019) doi: 10.1016/j.devcel.2019.05.010.
    • [4] Nat. Cell Biol. (2017) doi: 10.1038/ncb3577
    • [5] Nat. Chem. Biol. (2018) doi: 10.1038/s41589-018-0117-1
    • [6] Cell Rep. (2021) doi: 10.1016/j.celrep.2021.109326.

11:00-11:30 細胞外マトリックスの時空間制御による上皮組織形態形成機構の解明

  • 坪井 有寿 (理化学研究所)
  • 要旨:規則的な器官形状を生み出す仕組みは、発生生物学における重要な未解明問題の一つである。一般的な発生過程において、組織は細胞外マトリックスや他の組織などの周辺構造物と物理的に接触し、限られた空間に配置されている。そのため、周辺構造物による空間的な制約の影響で、組織は成長すると必然的に座屈する。しかし、座屈による受動的な組織変形はパターンの制御が難しく、規則的な器官形状を保証する仕組みは明らかではない。我々は、ショウジョウバエ蛹期に観察される規則的な翅組織の折れたたみ構造に着目し、細胞頂端側細胞外マトリックス(aECM)タンパク質であるDumpyが組織の特定の位置と外側のクチクラをつなぎとめることで、通常は不安定な折れたたみを生む座屈の位置と方向を制御し、規則的な折れたたみ構造が形成されることを見出した。さらに、座屈方向の制御が終わったあと、Dumpyは翅のスムーズな変形を妨げないようにプロテアーゼによって分解されることも見出した。興味深いことに、Dumpyの分解は、常に翅の特定の領域から全体へと広がる動態を示した。遺伝的にDumpyの分解の時空間動態を改変すると、折れたたみパターンが異常になることから、規則的な折れたたみパターンの制御には、分解の時空間的な制御も重要であることが示唆された。これらの結果から、時空間的なECMのリモデリングにより、組織と周辺構造物がダイナミックに相互作用し、規則的な組織の折れたたみを制御するという新規の形態形成メカニズムを提唱する。本講演では、そのようなECMのリモデリングにより実現する形態形成メカニズムについて、定量画像解析の結果などを交えながら議論したい。

11:30-12:00 植物気候フィードバック:遺伝子発現のゲノムー組織―集団レベルの同調が生み出す森林生態系の機能

  • 佐竹 暁子 (九州大学)
  • 要旨:私は、学位を取得するまではデータを扱わない純粋に理論的な研究を、森林生態系を対象に進めてきた。その頃は、非モデル生物の新規ゲノムの解読や網羅的遺伝子発現の分析は、一つの研究室で進めるには難しく、理論的な予測や仮定の正しさを検証することはできなかった。現在、ゲノムシーケンスや情報解析技術が飛躍的に進展したことで、森林生態系が生物多様性を生み出し、環境へ適応する仕組みをミクロスケールで明らかにすることが可能になった。本講演では、森林生態系の優占種を対象に私達が進めている、ゲノムー組織―集団という階層をまたいだ研究について紹介したい。主に、進化の原動力である突然変異が、赤道直下の熱帯雨林に生息する樹木でいかに生じるかを体細胞変異の検出によって分析した研究成果と、世界に広く分布するブナ科樹木のゲノム構造比較と野外環境下での遺伝子発現ダイナミクス(分子フェノロジー)の分析結果を報告する。日本に生息するブナ科樹木を対象に新規ゲノムを解読し、現在は10種を対象とした分子フェノロジーデータを葉・芽・花組織において取得している。時空間遺伝子発現データ解析の結果、遺伝子発現はゲノム内で階層的な同調性を示すこと、葉組織は芽・花と比べ特徴的な遺伝子発現プロファイルを示すこと、別種であっても夏と冬には類似した発現プロファイルを示すこと、がわかってきた。このような遺伝子発現の個体内同調が森(集団)レベルで同調したとき、それは大気や気候へとフィードバックする。最後に、植物が気候を改変し、その結果が自己の繁殖と生存にフィードバックする仕組みについても紹介したい。現在進行中の研究であるため、参加者の方々とオープンな議論をさせていただくことを楽しみにしている。


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