2022 10thqbio session4
From Japanese society for quantitative biology
=「多細胞系の自己組織的形態・情報制御」(12/16 14:30 - 16:30) =
==クチクラによる昆虫の形づくり==
- 田尻怜子(千葉大)
- 要旨:生物の形がどのようにつくりだされるのか?という問いに対して近年、細胞の生み出す力による形づくりの仕組みが明らかになってきた。しかし、多くの生物の発生過程では細胞外にも体を支持する材料~たとえば脊椎動物では骨、昆虫ではクチクラ(皮・殻)~が形成され、それらの存在下でさらに形づくりが進行する。こういった細胞外の材料は、細胞がつくった形をコピーして固めるための材料に過ぎないとみなされがちであり、形態形成への寄与については不明な部分が多い。我々はモデル昆虫であるショウジョウバエにおいて、幼虫の体を覆うクチクラそのものの変形によって全身の体型が形づくられることを示してきた。そして、このクチクラの中でいくつかのタンパク質によって形成される緻密かつ立体的な構造が、クチクラの変形性を付与することを見出した。それらの構造の形成機構について研究を進めたところ、分泌後のクチクラタンパク質が細胞外においてダイナミックに立体的構造をつくりだす様子が分かってきた。本講演ではこのような「細胞外の分子による形づくり」の仕組みについて議論したい。
- 参考文献
==動き回る筋断片による筋組織リサイクル==
- 梅津大輝(東北大)
- 要旨:通常、骨格筋の発生及び再生においては幹細胞の増殖と分化によって生じた筋芽細胞が遊走、集合、融合して筋繊維を形成する。一方で、一部の筋組織の再生においては筋繊維が断片化し、脱分化によって多能性を獲得することが知られている[1]。しかし、このような現象が発生過程における筋繊維の形成にどの程度寄与するか、また、その制御メカニズムについては未解明な点が多い。ショウジョウバエの変態時には、腹部に見られる幼虫の体壁筋のほとんどは消失し、成虫の骨格筋が新たに形成される[2, 3]。成虫筋組織の発生をライブイメージングによって観察したところ、成熟骨格筋マーカーで標識される球状の構造が激しく動き回ったのちに、組織全体を覆うように再配置する様子が観察された。この球状の構造が消失するにつれて、同じ場所に成虫筋繊維が形成されていたことから、成虫筋繊維の発生に寄与していると考えられる。筋組織リモデリング過程の初期過程に注目すると、これらの球状構造は幼虫体壁筋に由来することが明らかとなった。以上の結果は、役割を終えた幼虫骨格筋が新しく形成される成虫筋繊維にリサイクルされているという可能性を示唆する。幼虫筋繊維の断片化に先駆けてアポトーシスシグナルの実行因子であるカスパーゼ活性の上昇が見られた。さらに、実行カスパーゼを特異的に阻害するp35を骨格筋で発現させると筋断片の生成が阻害された。興味深いことに、この筋断片の生成の阻害によって、成虫筋繊維の肥大化が著しく妨げられた。以上の一連の結果は、幼虫筋繊維に由来する筋断片が成虫筋繊維へ寄与するというリサイクル現象の存在を示唆する。本講演では、未知の部分が多い本現象について定量的な側面から考察したい。
- 参考文献
==シンクロトロン放射光X線マイクロCTによる脊椎動物化石の形態観察==
- 平沢達矢(東大)
- 要旨:化石記録は過去の生物についての唯一の直接証拠であり、現生種を用いた比較や実験的検証では解明できない過去を含めた形態的多様性や過去の進化可能性についての手がかりとなる。特に脊椎動物は、骨格が化石として保存され、それらの相同要素・部位の対比が可能であるため、形態進化の歴史、性質、機構の解明を進めていくのに適した研究対象である。だが、約5.2億年の脊椎動物の進化史の初期、現在の脊椎動物の基本的な解剖学的パターンが揃うまでの約1.5億年間の進化過程については、現在でも未解明な部分が多く残されている。そのうちの1つ、約3.9億年前(中期デボン紀)に生息していたパレオスポンディルス Palaeospondylus gunni は、数千点以上もの化石が発見されているにもかかわらず、他の脊椎動物との比較が難しい奇妙な骨格形態を持つため系統的位置が謎であった。この問題に対し、私たちの研究グループは、頭骨の保存状態が良いパレオスポンディルスの化石を戦略的に探し出し、高分解能(1.46 µm/pixel)、高コントラストで撮影が可能となるシンクロトロン放射光X線マイクロCTを駆使することで、頭骨骨格組織内部の細胞小腔や8 µmほどの厚さしかない軟骨膜骨といった微細組織構造を3次元的に観察、頭骨を構成する各骨格要素の形態的特徴を精密に解明することに成功した(Hirasawa et al., 2022)。結果、三半規管や頭蓋内関節といった形態的特徴を他の脊椎動物と比較することが可能となり、系統解析によってパレオスポンディルスは基盤的な四肢動物型類であると推定された。この研究と同様に、近年はシンクロトロン放射光X線マイクロCTを用いた化石の微細組織3次元観察が脊椎動物初期進化の理解を推し進めている。しかし一方で、成分が不均質な岩石であるため組織構造のセグメンテーションが困難であるという問題が残されており、これを克服する技術を開発し、化石の研究をスピードアップすることがこれからの課題である。また、私たちは、シンクロトロン放射光X線マイクロCTを用いた現生種の胚の細胞レベル3次元形態観察の技術開発も進めており、本講演ではそちらについても紹介したい。
- 参考文献
- Hirasawa et al. (2022) Morphology of Palaeospondylus shows affinity to tetrapod ancestors. Nature 606: 109-112.