2022 10thqbio session2

From Japanese society for quantitative biology

=セッション2「新規計測技術でみる分子〜細胞〜個体動態」(12/15 15:30 - 17:30) =

==神経細胞での情報演算機構の実計測による革新==

  • 川口真也(京大)
  • 要旨:神経系は細胞膜内外の電位差を巧妙に利用してはたらく器官である。電気の操作・記録技術が人類の現代文明化の原動力であったこともあり、100年以上も前から神経細胞の機能測定は高い定量性を有していた。したがって「全か無の法則」や「電位変化の受動的伝播に伴う減衰と緩慢化」など、生物・生命科学の中で神経系のはたらきについて、定量的説明が特段に多く教科書で見られるのは当然と言えるかも知れない。そこでは、イカの巨大軸索をモデル実験系とした高質な実計測と、膜興奮性とケーブル理論についてのホジキン・ハクスレーらによる秀逸な数理モデルに立脚した理論考察が両輪となった[1, 2]。さて、上述の法則や特性は、どこまで一般化できるのであろうか?多くの神経突起はイカの巨大軸索などより遥かに微細で、そこからの実計測は技術的に困難なため、一般的な細胞での計算処理はイカで得られた数理モデルを応用して推論されてきたのが実情である。一方で、近年の電気生理学的な記録技術の高度化と蛍光プローブの多彩化・高機能化が相まって、神経細胞の微細構造での動態を実計測することが可能になりつつある。そして、これまで想定してきた以上に、単一神経細胞での情報処理は多種多様であることが分かってきた。本講演では、わたしたちが得つつある実計測データとそこから示唆される神経細胞の新しい演算様式を紹介し、細胞応答をその現場で定量的に測定して考察する意義を議論したい。
  • 参考文献
    • [1] Hodgkin, A. L. and Huxley, A. F. (1952a). Propagation of electrical signals along giant nerve fibres, Proc. R. Soc. Lond. B, 140: 177–183.
    • [2] Rall, W. (1969). Time constants and electrotonic length of membrane cylinders and neurons, Biophys. J., 9: 1483–1508.


==マイクロ・ナノエレクトロポレーションと1細胞オミクス解析==

  • 新宅博文(理研)
  • 要旨:エレクトロポレーションは,電場により細胞に外来分子を導入する技術であり,細胞の形質転換に広く活用されている.従来のエレクトロポレーションは,並行電極を用いて細胞懸濁液に一様電場を印加し,細胞膜の膜電位を一時的に上昇させることで分子透過性を上昇させる.ここで生じる膜電位の上昇は細胞の大きさに依存することが明らかにされている.一方で,マイクロ・ナノスケールの空間解像度で制御した電場を活用することで,細胞の大きさ非依存的に膜電位の操作が可能であり,様々な生物工学応用が提案されてきた.我々の研究グループは,マイクロエレクトロポレーションを活用し,1細胞内分子および小器官の高精度抽出を実現するマイクロ流体技術を開発してきた.我々は,マイクロ電場を使った細胞質RNAの抽出は細胞質–核の高精度分画を実現し[1],細胞質–核におけるRNA局在および遺伝子発現制御に関する解析を可能にするSINC-seqを開発した[2-6].本講演では我々のこれまでの取り組みに加えて,電場制御の空間スケールをナノメートルに拡張し,1細胞の細胞膜の張力と遺伝子発現を大規模に解析することを可能にした新しい1細胞マルチオミクス解析法を紹介する.
  • 参考文献
    • [1] Abdelmoez, M. N.; Y. Oguchi; Y. Ozaki, et al., Analytical Chemistry 2020, 92, 1485–1492.
    • [2] Abdelmoez, M. N.; K. Iida; Y. Oguchi, et al., Genome Biology 2018, 19, 66.
    • [3] Oguchi, Y.; Y. Ozaki; M. N. Abdelmoez, et al., Science Advances 2021, 7, eabe0317.
    • [4] Khnouf, R.; S. Shore; C. M. Han, et al., Analytical Chemistry 2018, 90, 12609-12615.
    • [5] Subramanian Parimalam, S.; Y. Oguchi; M. Abdelmoez, et al., Analytical Chemistry 2018, 90, 12512-12518.
    • [6] Subramanian Parimalam, S.; M. N. Abdelmoez; A. Tsuchida, et al., Analyst 2021, 146, 1604-1611.


==スキャンレスシングルショット4Dイメージング技術の開発と応用==

  • 杉拓磨(広大)
  • 要旨:動物は集団を形成することにより、単独のときには見られない機能を創発する。我々は過去に線虫C. elegansが乾燥への耐性を高めるため、集団で秩序だった行動をすることを発見した。最近、この実験系をさらに観察していると、運動を停止した全線虫が無秩序に運動を再開するのではなく、1個体からの刺激をきっかけに一斉に同期して運動状態に転じる現象を見出した。この集団が静から動へ状態転移するメカニズムについて、現在、神経科学と物理学の両側面から研究している。特に神経科学的には集団を形成することで、神経回路が刺激に過敏な「臨界状態」になっている可能性も予想される。しかし、既存の共焦点顕微鏡などによる神経回路の計測では空間スキャンして撮影する必要があるため、行動中の神経回路動態を高速に撮影する新たな技術が必要と考えた。そこで我々は3D空間をスキャンレスにたった1回のカメラ露光で撮像可能なライトフィールド技術に着目し、その汎用化を妨げていた低解像度の問題を解決する画期的技術の開発に成功した。これにより、カメラのフレームレートのまま3D空間を撮像可能となり、既存の共焦点顕微鏡の100倍以上の速度で3D空間をイメージングすることに成功し、C. elegansの神経回路をシングルショットでナノ分解能撮影することを可能にした。この技術は「検出」技術であるため、現在、様々な「照明」技術と組み合わせ、シングルセル3Dオプトジェネティクス技術やリアルタイム3D超解像技術の開発を行なっている。また、様々な蛍光プローブの「検出」にも利用可能であり、量子センサーの蛍光ダイヤモンドナノ粒子と組み合わせたシングルショット3D温度イメージング技術の開発も進めている。本発表では、生物学的な集団行動と光工学技術の両方について議論したい。
  • 参考文献
    • Sugi et al. Nature Commun, (2019) ほか

定量生物学の会 第十回年会メインページへもどる