2022 10thqbio session1

From Japanese society for quantitative biology

=セッション1「生体情報処理の物理化学過程」(12/15 13:00 - 15:00) =

==遺伝子発現動態の定量的理解==

  • 落合 博 (広島大学)
  • 要旨:我々を含む多細胞生物は、多数の細胞種から構成される。各細胞種では、細胞種特異的な遺伝子が適量発現するように調整される。遺伝子からmRNAが転写され、mRNAからタンパク質が翻訳される過程を遺伝子発現と呼ぶ。一般的に、mRNAとタンパク質の発現量には相関があるため、細胞種特異性を決定する遺伝子発現が主に「転写」によって制御されているといえる。特定細胞種で「発現」するmRNAは常にRNAポリメラーゼII(RNAPII)によって産生され続ける訳ではなく、RNAPIIによって連続的に転写されるON状態と、ほとんど転写されないOFF状態との間の動的遷移によって産生されることがわかってきた(Ochiai et al., NAR, 2015; Ochiai et al., Sci Adv, 2020)。しかしながら、この転写動態制御機構は不明な点が多く残されている。我々は近年、特定内在遺伝子領域の細胞内局在と転写活性を同時に可視化するSTREAMING-tagシステムを確立した(Ohishi et al., bioRxiv, 2022)。本技術を利用して特定内在遺伝子の転写動態を解析したところ、RNAPIIのサブユニットや転写補因子BRD4はON状態特異的に遺伝子周辺で凝集体を形成するものの、転写補因子メディエーターサブユニットはON/OFF状態に関係なく凝集体を形成することがわかった。さらに、DNA/RNA-seqFISHを利用して、高次ゲノム構造がON/OFFバーストサイクルで異なることがわかってきた。本発表では、これらの定量的解析の結果から推測される転写動態制御機構について議論する。
  • 参考文献


==リン酸化による細胞内液-液相分離制御機構==

  • 吉村成弘(京都大学)
  • 要旨:核小体のような細胞内非膜オルガネラの集合・離散は、タンパク質―核酸相互作用に加え、リン酸化・脱リン酸化サイクル等の数多くの翻訳後修飾により制御されている。リン酸化は、タンパク質の立体構造特異的相互作用を変化させることが知られているが、非膜オルガネラに多く見られる「高次構造を取らないタンパク質領域(天然変性領域)」の集合・相分離におよぼす影響やその分子メカニズムに関しては不明な点が多い。当研究グループは、核小体タンパク質であるKi-67やNPM1の天然変性領域に着目し、リン酸化による巨視的な電荷分布の偏り(電荷ブロック)の増強・減弱と液-液相分離との間に密接な関係があることを示した。この結果は、従来の「立体構造」および「残基」特異的なリン酸化効果とは異なる、天然変性領域における翻訳後修飾の新しい制御機構を示すものである。この仕組みによるタンパク質の動態・機能制御に関して、多くの可能性を議論したい。
  • 参考文献
    • https://www.youtube.com/watch?v=mEUWk451FBU
    • H. Yamazaki, M. Takagi, H. Kosako, T. Hirano and S.H. Yoshimura (2022) "Cell cycle-specific phase separation regulated by protein charge blockiness." Nat. Cell Biol. 24(5): 625-632.
    • H. Yamazaki, H. Kosako and S.H. Yoshimura (2020) “Quantitative proteomics indicate a strong correlation of mitotic phospho-/dephosphorylation with non-structured regions of substrates.” Biochim. Biophys. Acta. Proteins Proteom.,1868(1): 140295.


==細胞表面ダイナミクスによるマウス初期胚中の細胞配置機構==

  • 柳田 絢加(東京大学)
  • 要旨:正常な胚発生には各細胞が適切な時期に、適切な場所へ配置されることが重要である。しかし、胚発生過程における細胞の移動機構は未だ明らかでない。哺乳類の胚は受精後、細胞分裂を繰り返し、胚盤胞と呼ばれる内側に細胞の塊(内部細胞塊)を持った腔構造を形成し子宮に着床する。腔を構成する細胞は栄養外胚葉と呼ばれ、将来胎盤を形成する。一方、内部細胞塊を構成する細胞は、胚盤胞の成熟に従い、卵黄嚢の源である原始内胚葉、あるいは体の源であるエピブラストへと分化する。初-中期胚胚盤胞ではこれら2種類の細胞は内部細胞塊中にゴマ塩状に存在するが、中-後期胚盤胞になると原始内胚葉は腔側、エピブラストは原始内胚葉と栄養外胚葉の間に移動することが蛍光レポーターマウス胚の観察から知られている。しかし、この細胞の移動がどのようにして起こるかは明らかでない。そこで、マウス初期胚を構成する細胞の様々な物理性状の計測、細胞移動過程の可視化と定量化、数理モデルによる細胞の移動制御因子の予想、遺伝子操作により細胞の物理性状を変化させ数理モデルの確からしさの検証を行った。本発表では、初期胚における細胞移動、分化がどのように制御されているかを紹介する。
  • 参考文献

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