第4回年会セッション4

From Japanese society for quantitative biology

第四回年会 (セッション4)実験データと理論モデルの整合性:定量検証からの新発見

寺前 順之介 (理研・BSI)、青木 一洋 (京都大学大学院生命科学研究科)、御手洗 菜美子 (ニールスボーア研)、島本 勇太 (ロックフェラー大学)

日時

2012/1/9 14:00-16:00 セッション4

Chair

  • 木村 暁  (遺伝研)

概要

神経情報処理における自発揺らぎの起源と機能

  • 寺前 順之介 (理研・BSI)

  我々が外界から何の感覚刺激を受けていない時でも、脳内の神経活動は休む事なく続いている。この活動は自発発火活動(あるいは持続的自発発火活動)と呼ばれ、一見単なる背景ノイズと言って良い様な性質を持つが、一方で詳細に見ると様々な構造が見いだされる事、我々の感覚刺激の認知に影響を与える事などが知られ始めている。このように、自発発火活動は大脳皮質の基底状態として極めて重要な活動であるが、既存の神経回路モデルは、これまでこの活動の示す諸性質と脳情報処理における機能を統一的に説明することができなかった。本発表では、この問題が近年実験的に報告された皮質神経細胞間での細胞間の結合強度(具体的には後シナプス興奮性膜電位の振幅)の分布を考慮する事で一挙に解決される事を示す。長年にわたり、大脳皮質での興奮性細胞間結合強度は非常に小さいと考えられて来た。しかし近年の実験事実は、多数の弱い結合に加え、稀に、典型的な結合強度の数十から数百倍の極めて大きい結合が存在する事を明らかにしている。この極めて不均一な結合の共存が鍵となり、一見矛盾する自発活動の諸性質が統合され、その機能的意義が理論的に示唆される事を報告する。

参考文献
1. Song S, Sjöström PJ, Reigl M, Nelson S, Chklovskii DB. Highly nonrandom features of synaptic connectivity in local cortical circuits. PLoS Biol. 2005 Mar;3(3):e68. Epub 2005 Mar 1. [1]

分子混み合いの反応速度論的展開と実証

  • 青木 一洋 (京都大学大学院生命科学研究科)

細胞内はタンパク質、脂質、核酸などにより非常に混み合っている。例えば、赤血球の細胞内では、タンパク質の濃度が100~200 mg/mlであると報告されている。これは、牛血清アルブミンBSAの粉1~2グラムを水で溶かして全量で10 mlのBSA水溶液を作ってみると分かるのだが、非常にドロドロとした液体である。この条件では、溶液の体積の約10~20%ほどはタンパク質の体積で占められることになる。このように分子が非常に混み合っている状態、すなわち分子混み合い(molecular crowding)環境下では、解離定数や酵素の反応速度論的パラメーターが、試験管内のそれとは大きく異なることが知られている。  分子混み合いによる化学反応への寄与は大きく二つに分けられる。一つは、背景分子(crowder)の体積による排除体積効果である。これにより、分子混み合い環境下での反応分子の濃度は見かけ上、増加することになる。この増加因子は熱力学的活量(thermodynamic activity)と呼ばれている。もう一つは、粘性の上昇に伴う分子衝突頻度の減少、すなわちon rateの減少である。さらに、私たちは、細胞内の分子混み合いがMEKによるERKタンパク質のチロシン、スレオニンへのprocessiveなリン酸化反応にとって重要であることを見いだした。このように分子混み合いは、化学反応の連鎖である細胞内情報伝達系に多大な影響を及ぼすと容易に推測できるが、分子混み合いの反応速度論的な取り扱いについてはあまり省みられていないのが現状である。本発表では、先の二つの因子に加えて、反応のprocessivityも考慮にいれた反応速度論モデルの展開と実験による実証を紹介する。

参考文献
1. Aoki K, Yamada M, Kunida K, Yasuda S, Matsuda M. Processive phosphorylation of ERK MAP kinase in mammalian cells. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011 Aug 2;108(31):12675-80. Epub 2011 Jul 18. [2]
2. Minton AP. How can biochemical reactions within cells differ from those in test tubes? J Cell Sci. 2006 Jul 15;119(Pt 14):2863-9. [3]

リボソームの交通整理:遅いコドンの使い道

  • 御手洗 菜美子 (ニールスボーア研)

伝令RNA(mRNA)に転写された情報のたんぱく質への翻訳は、 リボソームによって行われる。一つのアミノ酸は、mRNA 上の塩基の3つ の並び(コドン)で表され、リボソームは、コドンを読み取りながら対応す るアミノ酸をつないでいく。この翻訳過程は複数のリボソームによって並列に行われること、リボソームがあるコドンを翻訳する速度は一般にコドンに 依存することが知られている。本発表では、コドンに対応した一次元格子上をリボソームが確率的に移動していく交通流モデルを用いた、翻訳過程の解析を紹介する[1,2]。実験データに定量的にフィットすることにより、翻訳頻度やコドンに依存した翻訳レートを決定し、衝突や渋滞などの効果を見積もったところ[1]、翻訳頻度の高いタンパク質のコドン配列は、遅いコドンを効果的に配置することで渋滞を軽減する傾向があることがわかった。また、実験で測定されたmRNAの半減期と、数値実験で予想されるmRNA上のリボソームの密度の相関を調べ、開始コドンに近い領域のリボソームの密度が低いと半減期が短くなる傾向を見いだした[2]。

参考文献
1. N. Mitarai, K. Sneppen, and S. Pedersen. Ribosome Collisions and Translation Efficiency: Optimization by Codon Usage and mRNA Destabilization J. Mol. Biol. (2008) 382, 236.[4]
2. M. Pedersen, S. Nissen, N. Mitarai, S. L. Svenningsen, K.Sneppen. The Functional Half-Life of an mRNA Depends on the Ribosome Spacing in an Early Coding Region J. Mol. Biol. (2011) 407, 35.[5]

「紡錘体のマイクロメカニクス:粘弾性が生みだす構造安定性とその分子起源」

  • 島本 勇太 (ロックフェラー大学)

複雑な細胞内構造がどのようにして力を発生し、また変形するかはその物性によって決められる。われわれが対象とする紡錘体は、微小管を基礎としたμmサイズの細胞内装置であり、複製された染色体を娘細胞へと分配する機能をになう。この装置は、細胞分裂・分化の過程でさまざまな方向および幅広い時間スケールではたらく力(たとえば、染色体を引っぱる力や細胞内での紡錘体の位置・方向を決める力)にさらされている。しかしながら、このような異なる力に対して、いかにしてその構造的・機能的な安定性が保たれているかはよく分かっていない。  今回われわれは、マイクロニードルを用いた力測定と高解像度のイメージングを組み合わせることで、紡錘体が力の作用する方向、および時間スケールに応じてどのように変形するかを解析した。その結果、紡錘体の応答は力に対して異方的であり、さらに力の作用する時間スケールに応じてその振舞いを弾性的(力に抗してかたちを保とうとする性質)もしくは粘性的(再編成して力をにがす性質)に変化させることがわかった。さらに、いくつかの分子阻害実験により、この特性が微小管フィラメントの曲げ剛性とそのクロスリンクの動的特性に依存することが示された。これらの知見は、紡錘体のもつ弾力と流動性を兼ね備えた細胞骨格の構造が、分裂期にはたらくさまざまな力に対して安定性を維持するために重要な役割を果たしていることを示唆する。このような性質が、ほかの細胞骨格システム、たとえば小胞輸送をつかさどる神経細胞内の微小管ネットワークなどにも存在すると期待する。

参考文献
1. Shimamoto Y, Maeda YT, Ishiwata S, Libchaber AJ, Kapoor TM. Insights into the micromechanical properties of the metaphase spindle. Cell. 2011 Jun 24;145(7):1062-74.[6]

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