第五回年会セッショ2

From Japanese society for quantitative biology

統計的時系列解析が明らかにする生命ダイナミクス

講演者:
廣島 通夫(理研QBiC)
大森 敏明(神戸大学大学院工学研究科)
近藤 洋平(東京大学総合文化研究科)

日時

2012年11月24日 15:45-17:15 セッション2

Chair

石原秀至(東京大学)

概要

ErbB受容体の反応調節機構の1分子解析

  • 廣島 通夫(RIKEN・QBiC)


 細胞膜受容体であるErbBファミリータンパク質は、細胞外シグナルを細胞内に伝える際に、会合体形成を通じてシグナル伝達の調節をおこなうことが示唆されている。この調節メカニズムを詳細に調べるため、我々はErbBの細胞膜上での動態や、細胞内シグナル分子との相互作用、リガンドとの反応キネティクスについて、1分子計測を用いた研究を進めている。

 1分子計測によって、多くの場合、個々の分子の位置や輝度の情報を含む時系列データが得られる。しかし解析手法の限界から、大抵においてこれら空間や時間に関する情報を失うような統計処理に頼らざるを得なかった。細胞での分子反応には局所的あるいは段階的に調節を受けるものも存在するため、データに含まれる情報を損なわず、いかに有効に活用できるかが重要となる。

 GFPを融合させたErbB1の動態を細胞膜上で1分子計測することで、輝点位置と蛍光強度の時系列データが得られる。拡散の解析において通常計算されるMSD(平均二乗距離)は分子の平均的挙動の時間発展を表すため、各時刻における分子の位置情報は反映されず、さらに運動の性質が中途で変化する場合は誤差が多くなる。そこで本研究では、時系列データに隠れマルコフモデルを適用し[1]、輝点軌跡から運動状態を、蛍光強度から会合体サイズを時々刻々推定することで、各々の分子が、いつ、どこで、どのような状態にあるかを特定できるようにした。さらに、下流シグナル分子との相互作用についても二波長を用いた1分子計測をおこない、同様の手法によって解析した。これらの結果から、ErbB1の滞在領域や会合体形成が、分子間反応と密接に関連することが示された。

 一方、ErbBと蛍光リガンドとの結合および解離を1分子計測し、それぞれのレートを算出するとともに、反応機構のモデルを構築した。モデルから、単量体や二量体のErbBと結合するリガンド分子数によって3種類の結合親和性が現れること、二個目のリガンドが結合した二量体では速やかなキネティクスの変化が生ずることが示唆された[2]。これらの機構は細胞が、リガンド濃度の変化に感度良く、素早く応答することに役立つと考えられる。

 本講演では、1分子計測で得られた結果を、新たな解析手法や反応機構モデルと組み合わせることで新たに見えてきた、ErbBによる細胞シグナル伝達の反応調節機構について詳述する。

参考文献
[1] Low-Nam S., Lidke K., Cutler P., Roovers R., van Bergen en Henegouwen P., Wilson B., Lidke D. ErbB1 dimerization is promoted by domain co-confinement and stabilized by ligand binding. Nature Str. Mol. Biol. 2011;18(11):1244-1250.
[2] Hiroshima M., Saeki Y., Okada-Hatakeyama M., Sako Y. Dynamically varying interactions between heregulin and ErbB proteins detected by single-molecule analysis in living cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2012;109(35):13984-13989.


樹状突起膜電位の時空間ダイナミクスを統計的に推定する
~ベイズ統計に基づく情報抽出~

  • 大森 敏明(神戸大学大学院工学研究科)


 近年,樹状突起における活動電位や樹状突起を逆伝播する信号など,樹状突起上での多彩な時空間応答が観測され,これまで考えられてきた以上に,樹状突起における膜電位の時空間ダイナミクスが,脳情報処理に対して重要な役割を担うものとして,実験・理論の両側面からの強い注目を集めつつある(Spruston, 2008).本発表では,イメージング計測により得られる時空間データから樹状突起時空間ダイナミクスの推定を実現するために構築した統計的アルゴリズムを紹介する.雑音が重畳されるイメージングデータから,樹状突起における膜電位の時空間ダイナミクスを抽出にする上で,膜電位の時空間応答のみならず,その背後にある電気特性などの複数のパラメータを推定する必要がある.本研究では,マルチコンパートメントモデルと呼ばれる分布定数系の電気回路を用いて樹状突起膜電位の時空間ダイナミクスを記述することにより状態空間モデルを構成し,雑音が重畳された時空間データから膜電位の時空間応答や膜特性などの電気特性の空間分布の同時推定を行う枠組みを提案する.近年,樹状突起における電気特性が空間的に不均一に分布することが実験と理論の融合研究により示されており,例えば,海馬CA1錐体細胞の膜抵抗は樹状突起上で空間的に区画化されていることが示唆されている(Omori et al., 2006, 2009).本発表では,提案法により,電気特性が不均一に分布する場合でも雑音が重畳されたデータから膜特性の空間分布が推定可能であることを示すともに,樹状突起において空間的に部分的に観測値が与えられた場合に,より高い解像度で樹状突起膜電位の時空間ダイナミクスが推定可能であることを示す結果を紹介する.

参考文献
[1]N. Spruston. Pyramidal Neurons: Dendritic Structure and Synaptic Integration Nature Rev. Neurosci. (2008) 9, 206.
[2] T. Omori, T. Aonishi, H. Miyakawa, M. Inoue, and M. Okada. Estimated Distribution of Specific Membrane Resistance in Hippocampal CA1 Pyramidal NeuronBrain Res. (2006) 1125, 199
[3] T. Omori, T. Aonishi, H. Miyakawa, M. Inoue, and M. Okada. Steep Decrease in the Specific Membrane Resistance in the Apical Dendrites of Hippocampal CA1 Pyramidal NeuronsNeurosci. Res. (2009) 64, 83


一細胞時系列に基づくメカニズ厶の抽出と再構成

  • 近藤 洋平(東京大学総合文化研究科)


 近年の生細胞イメージング技術は細胞が示すダイナミクスを高い時空間分解能の元で明らかにしつつある。それに伴い、数理モデルによるダイナミクスの解析の重要性が大きくなっている。しかし多くの場合に、システムのノイズや強い非線形性、観測できない変数の存在といった問題が信頼できるモデルの構築を阻んでいる。この問題に対処するために我々は、統計的機械学習に基づいたモデル推定手法を提案する。モデルとして確率微分方程式、データとして一細胞時系列を用いるため、ダイナミクスのノイズに内在する情報をも活用することができる。特に本研究では、低次元のモデルを用いて学習することで、対称性や分岐構造といった観測されたダイナミクスを説明する数理モデルがもつべき基本的性質を抽出することを目指す。

 人工データを用いて提案した手法の有効性を確認した後、社会性アメーバ(Dictyostelium discoideum) の細胞間シグナル伝達系を解析した。学習の結果、シグナル伝達を担っているcyclic AMP分子の細胞質における濃度ダイナミクスを精度よく記述するモデルが得られた。さらに学習したモデルを細胞間相互作用を考慮した上で多数結合することによって、多細胞レベルで観測される時空間パターンをも再現できることが明らかになった。この結合モデルの解析によって、多細胞ダイナミクスの生成メカニズ厶について学習モデルに基づいた一細胞レベルからの説明を与えることができた。本発表では解析手法とその応用研究の進展について、併せて報告したい。

参考文献
Y. Kondo, K. Kaneko, S. Ishihara, Identifying dynamical systems with bifurcations from noisy partial observation [1]


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