2023 11thqbio session1

From Japanese society for quantitative biology
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セッション1 「時間と空間の限界を突破する」

1/6 13:30-15:30
Chair: 青木 一洋 (基礎生物学研究所)

13:30-14:00 Photo-Isolation Chemistryを活用した組織内遺伝子発現の空間的定量解析

  • 本田 瑞季 (京都大学)
  • 要旨:組織や臓器は時空間的に定められた遺伝子発現により厳密に制御されている。そのため、その仕組みを正確に理解するには空間情報と遺伝子発現情報を紐付けた解析が不可欠である。そこで、我々は組織切片上の光照射した領域だけの遺伝子発現情報を包括的に解析できる新たな空間トランスクリプトーム法、Photo-Isolation Chemistry (PIC)を開発した。PICはマウス胚や成体マウス海馬などのマクロ領域から細胞内構造体などの1μm以下のミクロ領域と大小さまざまな領域の遺伝子発現を高感度かつ定量的に解析できる。さらに、未固定や固定凍結切片に加えパラフィン切片にも適応できるため、生物学的研究から病理診断などの臨床研究にまで幅広く応用されることが期待できる。本発表では、PICの原理からPICを用いた様々な解析事例を紹介しつつ、他技術との比較やPICの今後の技術展開についても議論する。
  • 参考文献
    • [1] Honda M., Kimura R., Harada A., Maehara K., Tanaka K., Ohkawa Y., Oki S. :Photo-isolation chemistry for high-resolution and deep spatial transcriptome with mouse tissue sections. STAR Protocols 3(2):101346, (2022)
    • [2] Honda M., Oki S.,Kimura R., Harada A., Maehara K., Tanaka K., Meno C., Ohkawa Y. : High-depth spatial transcriptome analysis by photo-isolation chemistry. Nature Communications 12:4416, (2021)

14:00-14:30 高次元オミクスデータの形と流れを読み解く技術の開発

  • 前原 一満 (九州大学)
  • 要旨:細胞内分子のダイナミクスを駆動する支配方程式をデータ駆動的に解き明かすことは、シングルセル・オミクス究極の目標といえる。遺伝子発現を駆動する未知のシステムから、遺伝子発現量とその時間微分情報を取得するRNA velocityのコンセプトは、分化や発生における複雑な遺伝子発現ダイナミクスの解明に迫る有望な手立てのひとつとなる可能性を持っている。もし、遺伝子発現のダイナミクスが高次元の力学系で記述できるとすれば、その場はgradient, curl, harmonicと呼ばれる3つの基本的な流れの構成要素に分けて考えること(ホッジ分解)ができる。このコンセプトのもと我々は、未知システムからサンプリングされたvelocityデータから、元の力学系を復元するデータ解析技術ddHodgeを開発している。高次元データの解析は、計算量やノイズ削減のための前処理として適切な次元削減が有効なアプローチとなるが、オミクスデータの可視化技術としてよく用いられるt-SNEやUMAPといった非線形次元削減法は、データ空間における長さや体積等の幾何的特性を保持できないため、状態の時間変化を評価する際には不適切な方法となる。そこでddHodgeは、各データ点近傍のみの小さな次元の空間断片をうまくつなぎ合わせ、全体として高次元のデータを表現するアプローチを採用し、高精度なダイナミクス情報の復元を実現している。本発表では、位相的データ解析の先がけともいえる組合せ論的ホッジ分解や、その発展形であるグラフ上の層の生命科学データ解析における応用事例として、我々の試みを紹介したい。

14:30-15:00 超高速1蛍光分子観察による接着斑メゾ構造分子動態の解明

  • 藤原 敬宏 (京都大学)
  • 要旨:細胞膜の構造と機能は、様々なメゾスケール (3-300 nm) の分子集合により組織化されている。しかし、市販の高感度カメラによる1蛍光分子観察では時間分解能が不十分で、その機構を1分子のレベルで理解することは困難であった。我々は、100μs以上の時間分解能を目指して超高速カメラシステムを開発し、以前、我々が金コロイド標識による超高速観察で明らかにしたアクチン膜骨格の網目による細胞膜のコンパートメント化を、1蛍光分子観察で検出することに成功した。膜貫通型タンパク質だけでなく脂質分子も、100 nm程度のコンパートメント内でしばらく閉じ込めを受け、コンパートメント間を移動することで長距離の拡散をおこなう。さらに、開発した技術を、細胞運動の足場として重要な役割を果たす接着斑 (FA) の構造と動態の解析に応用した。1分子局在化超解像顕微鏡法 (PALM, dSTORM) を高速化し、秒オーダーのFA動態を2色同時に可視化することにより、ミクロンサイズのFA構造内部に、直径約30 nmのFA分子集合体と、それらが集まった直径約300 nmのクラスターで構成される、階層的メゾスケール群島構造が存在することを示した。本講演では、群島構造の定量解析について、さらに、1分子高速観察と組み合わせてFA分子の出入りを調べることで明らかになった、群島構造の分子動態について紹介したい。
  • 参考文献
    • [1] T.K. Fujiwara et al. Development of ultrafast camera-based single fluorescent-molecule imaging for cell biology. J. Cell Biol. 222, e202110160 (2023)
    • [2] T.K. Fujiwara et al. Ultrafast single-molecule imaging reveals focal adhesion nano-architecture and molecular dynamics. J. Cell Biol. 222, e202110162 (2023)

15:00-15:30 マウスノード不動繊毛は変形の向きを感知して左右軸を決定する: 非対称性を生み出すメカニカルな機構

  • 加藤 孝信 (東大・院医・細胞生物)
  • 要旨:なぜ私たちの心臓は左側にあるのだろうか? 左右軸決定においてノード不動繊毛 (一次繊毛) が重要なはたらきを担う。マウスの場合は受精後7.5日目に初期胚のノードという部位で左向きのノード流が生じ、その流れの下流側 (左側) のみで陽イオンチャネルPkd2依存的に不動繊毛が活性化することで左右軸が決定される。しかし、ノード不動繊毛がどのようにノード流を感知し、なぜ左側だけで活性化するのかは未解明であり、特にメカノセンシング仮説とケモセンシング仮説で論争が起きていた。

我々はまず、ノード流を光制御しながら繊毛をライブ高解像度撮影し、ノード不動繊毛が流れにより物理的な曲げ変形を受けていることを明らかにした。さらに光ピンセットを用いた顕微操作によって、ノード不動繊毛が力学的な刺激によって活性化することを明らかにした。最後に超解像顕微鏡を用いてノード不動繊毛のPkd2チャネルの局在を詳細に解析することによって、ノード不動繊毛が「曲げられる向き」を感知できるメカノセンサーであることを発見し、左向きのノード流によって左側の不動繊毛のみが活性化するメカニズムを明らかにした。(Katoh et al., Science, 2023)


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