年会2009定量細胞生物学

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第一回年会 (セッション5)定量細胞生物学

日時

2008/01/11 13:00-14:30 セッション5

企画担当者

  • 鈴木 誉保

概要

細胞を対象とした生物研究は、このわずか数十年の間に関与する分子を枚挙し、網羅的な列挙を可能にしました。近年では、細胞内で起きている反応を定量的に計測し解析することで、生命現象の背後に潜んでいる設計原理が明らかにしつつあります。本セッションでは、高解像度かつ高精度な計測技術によって見えてきた細胞メカニズムのダイナミックな現象の数々を紹介し、個別的な記述から“物理学的”現象としての細胞ダイナミクスの記述の可能性について議論したいと思います。『生物システムを理解する』とはどういうことなのか?網羅的な記載に加えて、定量的に高精度に高密度に計測するということは、これまでにない情報を与えてくれるだけでなく、私たちの生命システムにたいする理解の仕方そのものに変革を迫るものになるのかもしれません。

プログラム

分光イメージング手法を用いて細胞内タンパク質の凝集体形成を解析する

  • 講演者:北村 朗
細胞内で生合成されるタンパク質は,最初,ポリペプチド鎖の状態で合成されるが,ポリペプチド鎖は折り畳む(フォールディングする)ことで機能的なタンパク質へと変化する.ところが,遺伝子の変異によってフォールディングに時間を要したり,さらにはまったくフォールディングができなくなっているタンパク質も存在する.このようなタンパク質は凝集体を形成し,アルツハイマー病,プリオン病などに代表される神経変性疾患のような重篤な病因となることが知られている.しかしながら,タンパク質のフォールディング過程を細胞内で時空間的に解析することは,従来の生化学的な手法ではきわめて難しいことから,分光学的な解析を試みようという発想に至った.分光器を用いた蛍光測定は今に始まったものではなく,古典的に使われてきた
解析手法であるが,顕微鏡での分光測定を行うことで,従来,分光器で行っていた解析が生細胞内で可能になるということである.
 生細胞イメージングを用いた解析において重要となる情報は,タンパク質間相互作用と拡散・輸送などの動的挙動である.これらの事項を解析する手法として,従来より注目されていたのは,フェルスター機構による共鳴エネルギー移動(F¨orster Resonance Energy Transfer; FRET) である.これは,蛍光共鳴エネルギー移動とも呼ばれているが,分子間相互作用の起こるナノメートル程度に蛍光分子が接近し,かつ蛍光分子間の配座(方向の重なり)が一定の条件を満たしたときに起こる物理現象である.すなわち,FRET を用いることで分子間相互作用や構造変化を,蛍光強度変化の情報に変換して引き出すことが可能となる.我々は,このFRET をより定量的に評価するため,蛍光寿命イメージング顕微鏡(Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy; FLIM)を利用している.FRET が起こると,エネルギーを供給する側の分子(ドナー)の蛍光寿命は短くなることが知られている.この蛍光寿命をイメージングして解析することができるのがFLIM である.発表では,このFLIM を用いることにより,細胞内において,タンパク質が凝集体を形成する過程をモニターした結果について説明したいと思う.
 また,タンパク質が相互作用や凝集を起こし,分子量が大きくなると,拡散速度が遅くなることから,拡散速度を測定することで,分子間相互作用や凝集度合いを評価することが可能となる.このように,拡散速度を測定する方法としては,蛍光褪色後の蛍光強度回復(Fluorescence Recovery After Photobleaching; FRAP) がよく用いられていたが,拡散係数が約10 cm2/s よりも大きい(拡散速度が速い)分子の評価はきわめて困難であった.蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy; FCS) を用いると,拡散係数が数百cm2/s 程度のものでも定量的に拡散係数の測定が可能であり,さらに下限は数nM オーダーと,低濃度の試料に向いているという利点がある.FCS は,励起光と共焦点光学系によって作り出された共焦点領域(Confocal volume)と呼ばれる微少領域に,蛍光分子が出入りすることによって生じる蛍光強度のゆらぎの相関を求めることで,蛍光分子が微少領域に滞留していた時間を解析できる,さらには拡散係数を算出できる手法である.
 このように,FRET とFCS をそれぞれ単独でもしくは組み合わせて解析することにより,タンパク質間相互作用や細胞内の挙動をより詳細に解析できるようになってきている.本講演では,これらの手法を用いて,神経変性疾患の原因となる異常タンパク質の凝集過程とその過程における構造変化を解析し,これら異常タンパク質の構造および分子量変化と細胞死の関係を明らかにした結果について話したいと思う.

細胞機能の遅いダイナミクス

  • 講演者:原田 崇広
改めて述べるまでもなく細胞は極めて複雑な構造体であり,もっとも簡単な機能をとってもそこには多種多様な分子が関与している.そのため,細胞の振る舞いを定量的に記述することは,単一の細胞についてさえ一般には非常に難しい課題である.様々なアプローチがある中で,統計物理学において発展してきた様々な概念や手法を発展させて,細胞機能の解析に適用することは一つの有望な方向である.たとえば,細胞内で進行する様々な素過程の特徴的な時間スケールに比べて非常に長い時間スケールでの振る舞いに着目することにより,複雑な詳細に余りとらわれない一般的な性質を抽出できることが期待される.本発表では,こうした狙いのもとに,培養心筋細胞をモデル系として採用し,詳しい解析を行った結果を報告する.
実験には,生後1~3日齢のラット由来の心筋細胞(心室・心房由来)を用いた.生体から単離された細胞は,in vitroでも定常的な拍動を見せる.そこで,細胞を顕微鏡上で培養するためのステージ上インキュベータを製作し,一定の環境下において細胞の拍動運動を非侵襲に長時間計測する測定系を構築した.この測定系を用いることで,細胞の状態を損なうことなく数時間以上の連続的な測定が可能になる.
この測定系を用いて,孤立した単一心室筋細胞の拍動タイミングの統計的性質を詳細に調べた.その結果,定常的な拍動や,拍動が断続的に続くバースト的な拍動など,いくつかの特徴的なパターンが存在し,場合によっては単一細胞内でもそれらのパターンのゆっくりとした遷移が見られることが分かった.また,数分以上の長い時間スケールにおいて,拍動時間間隔の時系列に長時間相関が見られ,1/fゆらぎとして特徴付けられる事が分かった.また,時系列には様々な指数を持つ成分が混在していること(マルチフラクタル性)などが明らかになった.これらは,単一の細胞については初めて得られた知見である [1].さらにこうした性質は,環境の温度などのパラメータにもほとんど依存せず見られ,頑強な性質である事が分かった.
心室筋細胞について得られた結果の一般性を明らかにするため,同様の解析を心房由来の細胞についても行った.心房筋細胞では,心室筋細胞よりも拍動の周波数が顕著に高く,またバースト的な拍動パターンはほとんど現れないという違いが見られたが,長時間スケールにおける1/fゆらぎは心房筋細胞についても観測された.このことから,長時間スケールにおけるべき的な拍動タイミングの長時間相関は特定の細胞種に依らない一般的な性質である事が示唆された.
現在,以上で見られた拍動タイミングの長時間相関の物理的・細胞生物学的メカニズムを明らかにするための研究を進めている.ここで見たような遅い時間スケールの現象には,細胞内外における様々な制御因子が関与することが予想されるが,時間スケールの大きな極限では,細胞機能の制御機構について,その詳細にあまり依存しない一般的な性質を抽出することが可能になるのではないかと期待している.
[1] T. Harada, T. Yokogawa, T. Miyaguchi and H. Kori, Biophys. J. in press (2008).

細胞レベルと細胞集団の自己組織化

  • 講演者:澤井 哲

細胞性粘菌は、動物の初期胚のように極性があらかじめ与えられていないにも関わらず、オーガナイザー的な役割をもつ細胞が出現し、サイクリックAMPの振動と波の自己組織化と、走化性によって多細胞体制を構築します。蛍光タンパクとFRETを利用したcAMPの計測、PIP3などのリン脂質シグナリング、F-アクチンの同時可視化についても紹介し、1細胞レベルの入出力応答と細胞内シグナル伝達の特性をふまえて、パターン形成の機構と、生物の自発性とゆらぎの起源の問題について議論したいと思います。

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