Fukui caravan session1
From Japanese society for quantitative biology
セッション1 「形づくりの進化」
11/22 9:40-12:05
9:40-10:05 動植物における形づくりの多様性と保守性の両立機構をいかに見いだすか
- 藤本 仰一(広島大学)
- 要旨:内臓や花弁などの器官における形態と空間的配置、節・節間を単位とする茎や体節などの繰り返し構造に見られる多細胞生物の形は、多様でありながら種を超えて保守的である。この「多様性と保守性の両立」は、生物が進化の過程でいかに頑健かつ可塑的な形づくりシステムを獲得してきたかを示唆する。本講演では、動物・植物双方の発生過程における多様性と保守性の両立の事例を俯瞰し、保守的な発生プログラムの枠組みの中で多様性が創出される特性と、その背後にある遺伝子制御・力学的要因を整理する。さらに、形づくりの進化的ロバストネスや可塑性を定量的にとらえる比較発生学や数理モデルを用いた探索・発見手法について概説する。これらの知見は、本キャラバンで 引き続く講演の理解を有機的に結びつける理論的基盤を提供する。最後に、細胞スケールから個体・集団・生態系スケールに至る発生・発達・生態現象を貫く統合的理解に向け、保守性と多様性を両立する生命システム研究の今後の展望を議論する。
- 参考文献
- l W. Arthur, Evolution: A Developmental Approach (2010)
10:05-10:45 計算機進化実験で探る発生砂時計の仕組み
- 香曽我部 隆裕(大阪大学)
- 要旨:発生砂時計とは、近縁種間で発生過程を比較した際に発生中期に種間の類似性が最大となる現象です。この現象は、進化における発生過程の頑健性と可塑性の両立という観点から注目されていますが、その進化的起源や形成原理は十分に解明されていません。本研究では、発生を抽象化した数理モデルを用いて計算機上で進化シミュレーションを行い、発生砂時計が進化でどのように出現するのかを擬似的に調べました。その結果、発生初期の状態に大きな揺らぎがある条件下で発生砂時計が進化すること、砂時計のくびれの時期には初期の揺らぎが最小化されること、砂時計を共有する種間で発生の時間進行をする遅い発現ダイナミクスが共有されていることが分かりました。これらの結果は、発生砂時計が発生過程の安定性と多様性の両立を可能にし、再帰性を担保しつつ環境に適応できる生命らしさをもたらす装置として機能してきた可能性を示 唆します。これら結果を用いて発生砂時計の実験的操作や系統分岐のタイミングと砂時計の獲得との関係性の解明が期待されます。
- 参考文献
- [1] Kohsokabe T, Kuratanai S, Kaneko K. Developmental hourglass: Verification by numerical evolution and elucidation by dynamical-systems theory. PLoS Comput Biol. 2024 Feb 29;20(2):e1011867. doi: 10.1371/journal.pcbi.1011867. PMID: 38422161; PMCID: PMC10903806.
- [2] H. Yamazaki, M. Takagi, H. Kosako, T. Hirano and S.H. Yoshimura (2022) "Cell cycle-specific phase separation regulated by protein charge blockiness." Nat. Cell Biol. 24(5): 625-632.
10:45-11:25 頭部問題とその解法 ― 発生過程における非周期場の成立による秩序化
- 尾内 隆行(福井大学)
- 要旨:脊椎動物の頭部は、咽頭嚢、神経堤、頭部中胚葉など複数の構成要素が協調的に出現することによって成立するが、その初期秩序化の原理、さらには進化の歴史は二世紀に渡り未解明であった。これまで我々は、様々な新口動物胚の比較を通して前後軸に沿った遺伝的分極(Genetic polarization=GP仮説)が原腸形成過程にて起きることが、頭部中胚葉の進化の鍵であることを示してきた。特にflrt3依存的な中胚葉構文の操作実験により、原腸胚期に形成される非周期的な発生場(flrt3場)が、Pitx2を発現する頭部中胚葉の出現を導き、さらに頭部構造の同期形成を可能にすることを明らかにした。この現象は、周期的な発生構文である体節的系列とは異なる新たな出現構文を意味し、頭部問題に対する構文的な解法を提示するものである。本研究は、構文進化理論(Syntax evolution theory=SET)という新たな記述枠組みによって、traitをアトラクター系列として記述する方向性を提案し、新たな進化発生学の創始を目指す。
- 参考文献
- [1] Onai T et al., Evolution of Vertebrate Skull: Cell types, Tissues, and Morphology. CRC Press. (In prep)
- [2] Onai T✻, Adachi N, Urakubo T, Sugahara F, Aramaki T, Matsumoto M, Ohno N. Ultrastructure of the lamprey head mesoderm reveals evolution of the vertebrate head. iScience. Volume 26, 12, 108338 (2023).
- [3] Onai T✻, Aramaki T, Takai A, Kakiguchi K, Yonemura S. Cranial cartilages: Players in the evolution of the cranium during evolution of the chordates in general and of the vertebrates in particular. Evolution and Development. Doi: 10/1111/ede/12433 (2023)
- [4] Onai T✻, Aramaki T, Inomata H, Hirai T, Kuratani S. Ancestral Mesodermal Reorganization and Evolution of the Vertebrate Head. Zoological letters. 1:29 DOI: 10.1186/s40851-015-0030-3. (2015).
11:25-12:05 胚の発生戦略の進化は保守的な器官の形態形成にも波及する
- 黒田 春也(金沢大学)
- 要旨:有性生殖をおこなう動物はたった一つの細胞である卵から発生を始める。卵のサイズは程度の違いはあっても将来動物のからだを構成することになる個々の細胞よりも大きいため、発生の最初期の細胞分裂はこの大きな細胞質を分割するように進行し、卵割期にその典型例がみられる。私たちは脊椎動物において一部の種(しかし決して珍しくない系統的範囲)でこのようなサイズ削減的な分裂が卵割期を越えて器官形成期にまで及んでいることに気がついた。サイズ削減的な細胞分裂は、分裂による組織体積の成長を完全に、または部分的に抑制するため、上記の事実は器官形成時の組織成長へのアクセス性が動物種によって異なることを意味している。本講演では、内耳と呼ばれる脊椎動物の平衡(聴覚)器官の発生についての比較研究をケーススタディとして、組織成長能の動物種による違いにもかかわらず、内耳の形態形成があらゆる脊椎動物で機構的にどのように実現されているのかを、私たちが観察と数理モデルを組み合わせて調べた成果を中心に紹介したい。また、卵と目標細胞のサイズ、卵割様式、器官形成の開始タイミングなどといった、複数の形質状態と器官形成期における組織成長能の有無がどのように関係していて、脊椎動物の進化史上どのように変遷してきたのか、このような議論は無脊椎動物にも拡張できるのか等について参加者の皆さんと議論を深めたいと思っている。
- 参考文献
- [1] ゼブラフィッシュの内耳の形態形成:https://doi.org/10.7554/eLife.39596
- [2] 脊椎動物の卵形態と卵割様式の進化:https://doi.org/10.1002/jmor.21380
