第六回年会セッション4
階層を超える
講演者:
金城 玲(大阪大学)
石 東博(基生研、京都大学)
今井 猛(理研CDB)
永野 惇(京都大学)
日時
2013年11月24日 14:00-16:20 セッション4
Chair
入江 直樹(理研CDB)、戎家 美紀(理研CDB)
蛋白質の結合部位の構造パターンと生物学的機能を結ぶ
- 金城 玲(大阪大学)
蛋白質の配列や構造から生物学的機能を推定するためには、異なる「機能」を分子の素性に基づいて識別できる必要がある。蛋白質の機能を相互作用状態の変化の系列と考えると、相互作用のパターンを分類すれば、機能の分類が出来そうに思われる。相互作用のパターンは蛋白質がほかの分子(低分子化合物、蛋白質、核酸など)と相互作用する部位の立体構造を比較・分類することによって同定できる。この講演では、蛋白質構造データバンク(PDB)に存在するすべての相互作用部位構造の総当たり比較とその結果のクラスタリングによって得られた「基本構造モチーフ」の組み合わせとして「複合構造モチーフ」を定義し、これら構造モチーフの違いと蛋白質の生物学的機能の違いが対応しているようにみえるいくつかの例を列挙する。
マウス卵管の上皮細胞シートの力学と形態形成
- 石 東博(基生研、京都大学)
動物の器官は多様な機能を果たすべく、巧妙に3次元空間に形作られており、その形態形成のメカニズムは生命科学者でなくとも興味を抱くのではないだろうか。種々の細胞の振る舞い(増殖、分化、接着、骨格の再編成、遊走等)が組み合わさった結果の形態形成である故、その仕組みの全容を解明するのは難しいが、少しずつでも理解を深めていきたい。
私たちはマウスの卵管に着目している。卵管は卵巣と子宮をつなぐ管であり、卵巣から排卵された卵が運ばれ、子宮側より遡ってきた精子と受精する場所でもある。また、卵管は単純なチューブではなく、その断面をみると上皮シートが内腔へ突出して幾重ものヒダを形成しており、これらのヒダは卵巣-子宮軸に沿って平行に形成されている。このような構造体がどのような仕組みで形成されるかは未解明である。
私達は、この方向性を持ったヒダの形成機構を探る手がかりを、予想外に得ることができた。元々は、卵の輸送を担う卵管上皮の繊毛が、なぜ方向性を持った運動能(平面内極性の一例)をもつのかについて研究を始めた。平面内極性の制御遺伝子に着目し、その一つの変異マウスを調べたところ、期待通り繊毛の運動方向が異常であった。しかし表現型はそのレベルにとどまらず、形成されたヒダの配向にも異常が生じていた。そこで、ヒダの配向にはどのような力学的特徴が影響を与えるのかについて、力学的シミュレーションを用いて解析した。シミュレーションから予想された力学的特徴を卵管の上皮が有しているかどうかを調べるために、レーザによって細胞辺を切断し、その後の周囲の組織の動きを観察した。これらの結果から、細胞レベルと組織レベルをつなげる新たな上皮形態形成モデルを提唱したい。
なお、この研究は小松 紘司博士、小山 宏史博士らと共に行われた。
嗅覚系の神経回路形成のロジックを読み解く
- 今井 猛(理研CDB)
神経発生の研究は、分子・遺伝子の機能が神経細胞・回路・個体レベルに亘る複雑でダイナミックな機能へとつながっているところが醍醐味である一方、その複雑さから、定量的な解析や理解は容易ではない。本口演では、我々がマウス嗅覚系を使って取り組んできた神経回路形成の研究を紹介し、複数の階層にわたる生命現象の本質を理解するためのアプローチについて考えてみたい。
我々がモデル動物として使っているマウスにおいては、匂い分子は1,000種類の嗅覚受容体(GPCR)によって検出される。個々の嗅神経細胞では1種類の嗅覚受容体のみが発現しており、同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞はその軸索を嗅球の特定の糸球体へと収斂する。従って、嗅球上では匂い情報は1,000対の糸球体からなる匂いマップに時空間的に表現される。匂いマップの形成は背腹軸、前後軸、局所的な選り分け、という3つのステップで制御されている。軸索投射位置の背腹軸については、嗅上皮上での嗅神経細胞の位置情報が重要な決定因子であり、実際、位置情報に基づいて発現する軸索ガイダンス分子の重要性が示されている。前後軸については嗅覚受容体から産生されるcAMPシグナルの「量」が規定しており、実際に我々は嗅神経細胞でcAMPシグナルによって発現制御される軸索ガイダンス受容体Nrp1などをsingle-cell microarray法によって同定、遺伝学的な解析でその重要性を明らかにした(Science, 2006; Science, 2009)。最後に、おおまかな軸索投射が完了した後の局所的な軸索の選り分けは、嗅覚受容体がKirrel2などの接着分子等の遺伝子発現を介して制御していることが明らかになっている。ここで不思議な点は、嗅覚受容体はG protein/cAMPという共通のシグナルを使いながら、Nrp1とKirrel2の発現量を全く独立に制御しているという点である。実際、様々な嗅覚受容体についてNrp1とKirrel2の発現量を比較しても相関は見られない。我々は、Nrp1の発現量はGs依存的に嗅覚受容体のbasal activityによって規定されていること、Kirrel2はGolf依存的に刺激依存性のcAMPシグナルによって制御されていることを見出した。生化学的な解析の結果、GsとGolfでは、刺激依存性のcAMP産生は同程度であるのに対し、GPCRのbasal activityの伝えやすさに違いがあることが判明した(Cell, 2013)。簡単なシミュレーションから、軸索投射初期に発現するGsと、後期に発現するGolfの生化学的な違いだけでNrp1とKirrel2の異なる発現様式を説明し得ることが明らかになった。
我々は現在、透明化脳のコネクトーム解析(Nat Neurosci, 2013)や2光子Ca2+イメージングなど、さまざまな手法を駆使して、より中枢の神経回路でも回路形成の基盤を探ろうとしている。最近の我々の取り組みについても紹介したい。
野外環境下におけるトランスクリプトームダイナミクスの解明と予測
永野 惇(京都大学)
生物本来の生育場所である野外では、温度や光などが刻一刻と複雑に変化する。このような環境下で生物はどのように環境に対して応答しているのか?これは未だ手つかずの問題である。一方、分子生物学などによって、環境応答機構に関する膨大な知識が蓄えられてきた。しかし、それらは単純な実験室環境で得られた知見であるため、そこから野外での応答を推し量ることは困難である。そこで我々は野外での環境応答をそのまま捉えるために、野外で収集された大量のオミクスデータと気象データを統計モデリングによって統合する手法を開発し“フィールド・オミクス”と名付けた(Nagano et al., (2012), Cell, 151(6))。およそ500時点におけるトランスクリプトームデータを用いた解析の結果、野外環境下でのイネの葉のトランスクリプトーム変動は、大部分が気温と体内時計で説明できることが明らかになった。また、いくつかの環境刺激(気温・日射など)に対する日周性の感度変化(ゲート効果)や、日射に対する応答の閾値と日長測定の精度との関係など、興味深い特徴が明らかになった。これらは、野外環境という文脈で研究することで初めて明らかになったものである。
我々の研究によって、イネの標準系統(日本晴)の野外での発現変動を記述・予測するモデル・パラメータが全遺伝子に関して得られた。現在、これをさらに発展させ、フィールド・オミクスとQTL解析を統合し、遺伝子型情報を含めたモデリングを試みている。成功すれば、野外で望んだ遺伝子発現パターンを示す系統をデザインすることが可能になると期待される。