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+ | 21世紀は植物利用が広まると予想されている。農作物としての植物はこれまでも重要視されてきたが、今後は環境保全のための緑化植物、医薬用原材料となる有用遺伝子導入植物、セラピー用植物、環境浄化植物、代替エネルギーとしてのバイオマス、さらには植物システムの工学的模倣(プラント・ミメティックス)など、多くの植物利用が期待されている。これらにおいて植物システムの数理科学的解明、特に「植物システムの動作原理の数理科学的解明」は、植物生産技術の発展に貢献し、工学的応用に対する基盤となり重要である。また、植物は地球上で最も繁栄している種の一つであり、山岳、浜辺、砂漠、熱帯雨林など、環境条件が大きく異なっていても植物システムの基本構造は変わらない。この構造普遍性は、植物システムが多様な環境適応機能を発するシステムとして理想的であることを意味している。理想的なシステムである植物システムは、独自の創発原理に基づいた自己組織化現象を利用しながら、情報を処理し、環境適応していると思われる。その創発原理を見出すことは、生物の基本原理の解明に貢献すると考えられる。しかしながら、植物特有の自己組織化現象やそれを司る原理(創発原理)を探求する研究はほとんどなかった。<br /> | ||
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+ | 植物システムは、全能的で自律的な細胞が組織、器官、個体を形作った「階層性のある自律分散システム」である。しかも、器官によってシステムの形態が異なっており、葉はおおよそ2次元、根はおおよそ1次元のシステムとなっている。さらに、維管束系と呼ばれる導管や師管を通じて細胞同士は長距離で相互作用しており、その長距離ネットワークがシステムをさらに複雑化、高度化している。例えば植物の体内時計に注目すると、ほぼ全ての細胞は自律振動子として振る舞い、維管束によって複雑に繋がった「階層性のある複雑な結合振動子系」になっていることが分かる。植物システムのこのような構造の中に、高度な創発原理が内蔵されており、特有の自己組織化現象が発生していると考えられる。<br /> | ||
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+ | 本発表では、まず体内時計が生み出す時空間ダイナミクスの観察実験とモデル構築について説明する。葉では、細胞集団の同期現象に由来する位相波や、複数のスパイラル波の同時発生なども観察される。また、位相波は葉脈の部分で遅れて伝播する傾向があり、植物における時空間ダイナミクスの特徴となっている。ここでは位相遅れを再現する数理モデルを紹介する。<br /> | ||
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+ | また、概日リズムを精密に制御する技術は、植物生産において有用である。位相応答曲線や振幅応答曲線、周期的な明暗サイクルへの引き込み現象などに関する研究から、概日リズムを正確に制御するための知見が得られる。これらの知見を数理的に体系化し概日リズム制御工学を構築していくことは、より高度な制御技術を創出する上で重要である。そこで植物の概日リズム制御工学の構築を目指し、微弱パルス刺激に対する位相応答や振幅応答、周期的な微弱パルス列への引き込み現象を詳細に調べ、それらを統一的に理解することを試みた。本発表では、これまで得られた成果と今後の展望について紹介する。<br /> | ||
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+ | ===機械刺激による表皮細胞間カルシウム伝播の数理モデル=== | ||
+ | *長山雅晴(金沢大学理工研究域数物科学系) | ||
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+ | 培養表皮細胞に対して機械的に刺激を与えた場合,表皮細胞間をカルシウムイオンが伝播する現象が知られている.この現象を再現するための数理モデルを構成し,実験と比較することにより,表皮細胞におけるカルシウムイオン伝播の機構を数理的に理解することを試みる.また,機械刺激が強すぎた場合,機械刺激をうけた細胞が死ぬ場合がある.このとき,死んだ細胞の周囲の表皮細胞は高濃度カルシウムの状態を | ||
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+ | 脳の神経回路を流れる複雑な情報が、個々の神経細胞内でどのように混線することなく伝達され、複雑な行動や思考を調節しているかを解明することは重要な課題である。我々は最近、線虫C. エレガンスにおいて、従来の分子遺伝学と最新の光学技術(ハロロドプシンや Ca2+イメージング)を組み合わせた解析から、単一の温度感知ニューロンが単一の介在ニューロンに対して、「興奮性」と「抑制性」の2種類のシナプス伝達を行なっていることを明らかにした。さらに、温度感知ニューロンにおけるCa2+濃度の変化率が、興奮性と抑制性のシナプス伝達の「切り替えスイッチ」として機能し、温度に対する応答行動の逆転を引き起こしていることを明らかにした。この結果は、単一の感覚ニューロンが、Ca2+濃度変化率に応じて興奮性と抑制性のシナプス伝達を使い分けていることを示す初めてのケースである。<br /> | ||
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+ | 本会では、単に研究結果をお話するだけでなく、特注で開発した装置やコンピュータープログラムの開発秘話についてもお話ししたい。具体的には、神経活動を定量的にリモートコントロールする光技術(光駆動性Cl-ポンプ: ハロロドプシン)を、「行動中」や「記憶中」の個体に利用する光学装置や、温度勾配上での個体の行動を定量的にとらえるための装置やプログラムに関して、今だから言える話しも交えてお話したい。 | ||
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+ | ===上皮組織の応力場のパターンと成長のダイナミクス === | ||
+ | *石原 秀至1,2 杉村 薫3 1東大・総合文化, 2 JST PRESTO, 3 理研 | ||
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+ | 本講演ではまず、細胞集団内の力学場を推定する手法を紹介する。続いて、この手法や成虫原基の経時観察・組織伸展手法など、独自に開発した手法を活用して、上皮組織のパターン形成を解析した結果を説明する。 <br /> | ||
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+ | A. 細胞集団内の力学場を推定する手法の開発 <br /> | ||
+ | 多細胞生物の個体発生過程では、組織を構成する各細胞の分子活性の変化が協調して力の場を生み出すことで、“かたちづくり”が達成される。この過程を理解するためには、組織の変形を駆動する力を特徴づけることが重要であるが、現在の実験技術では、細胞集団の中に働く力を直接測定することは非常に困難である。そこで私たちは、細胞の形から力を理論的に推定する手法を開発した。この手法では、各細胞がもつ圧力・張力を経時的に追跡することが可能であり、また、推定した力のパターンと個々の細胞の分子活性の比較も可能である。 <br /> | ||
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+ | 動物・植物の多くの器官形成過程で、細胞分裂の角度分布が最終的な器官のプロポーション決定に寄与することが知られている。一方で、単細胞系の実験から、細胞は周囲から与えられた力場の情報を元に紡錘体の向きを制御しうることが示されている(Thery et al. 2007)。そこで、多細胞組織において力が細胞分裂方向を制御しているか、力は組織の正しいパターン形成に必要であるかを明らかにするために、私たちは以下の解析を行っている。 | ||
+ | # それぞれに特徴的な細胞分裂の角度分布を示す、ショウジョウバエの二種類の上皮組織:背板(notum)と翅 (wing) における応力場の方向性を解析する | ||
+ | # 組織伸展による応力場の撹乱が細胞分裂方向を変化させるか? | ||
+ | # 個々の細胞が力をどのように計算しているかを明らかにするために、細胞の形態や配置と細胞の分裂方向の関係性を探る | ||
+ | # 実験で観察された細胞分裂のルールの生物学的意義を組織成長の数値計算により評価する | ||
+ | これまでに、細胞の分裂方向と長軸方向は正の相関をもち、その結果、細胞分裂の角度分布は細胞が引っ張られて長くなっている方向(組織内の張力が強い方向)に偏っていることを見出した。また、組織の伸展により応力場のパターンを強制的に変化させると、伸展方向と平行な細胞分裂角度成分が増加することが示された。このことは、多細胞組織は自身が置かれた応力場のパターンをもとに細胞分裂の角度分布が変化しうることを示唆している。さらに、組織成長の数値計算の結果から、細胞の長軸角度から分裂面を決定するルールが組織の等方的な成長の安定性を高めていることが示唆された。これらの解析をもとに、細胞分裂の角度分布、細胞分裂により引き起こされる組織の応力場の変化、そして細胞骨格系タンパク質により規定される個々の細胞のかたちや力学的特性が互いに影響を与えあいながら、組織のプロポーションがどう決定されるかの解明に取り組んでいる。 | ||
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Latest revision as of 12:41, 16 December 2009
第二回年会 (セッション4)時空間ダイナミクスの定量生物学
日時
20010/01/11 13:30-15:30 セッション4
Chair
- 小林徹也(東大)
概要
植物の体内時計に見られる時空間ダイナミクスとその制御
- 福田弘和1,2 1大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科、2JSTさきがけ
21世紀は植物利用が広まると予想されている。農作物としての植物はこれまでも重要視されてきたが、今後は環境保全のための緑化植物、医薬用原材料となる有用遺伝子導入植物、セラピー用植物、環境浄化植物、代替エネルギーとしてのバイオマス、さらには植物システムの工学的模倣(プラント・ミメティックス)など、多くの植物利用が期待されている。これらにおいて植物システムの数理科学的解明、特に「植物システムの動作原理の数理科学的解明」は、植物生産技術の発展に貢献し、工学的応用に対する基盤となり重要である。また、植物は地球上で最も繁栄している種の一つであり、山岳、浜辺、砂漠、熱帯雨林など、環境条件が大きく異なっていても植物システムの基本構造は変わらない。この構造普遍性は、植物システムが多様な環境適応機能を発するシステムとして理想的であることを意味している。理想的なシステムである植物システムは、独自の創発原理に基づいた自己組織化現象を利用しながら、情報を処理し、環境適応していると思われる。その創発原理を見出すことは、生物の基本原理の解明に貢献すると考えられる。しかしながら、植物特有の自己組織化現象やそれを司る原理(創発原理)を探求する研究はほとんどなかった。
植物システムは、全能的で自律的な細胞が組織、器官、個体を形作った「階層性のある自律分散システム」である。しかも、器官によってシステムの形態が異なっており、葉はおおよそ2次元、根はおおよそ1次元のシステムとなっている。さらに、維管束系と呼ばれる導管や師管を通じて細胞同士は長距離で相互作用しており、その長距離ネットワークがシステムをさらに複雑化、高度化している。例えば植物の体内時計に注目すると、ほぼ全ての細胞は自律振動子として振る舞い、維管束によって複雑に繋がった「階層性のある複雑な結合振動子系」になっていることが分かる。植物システムのこのような構造の中に、高度な創発原理が内蔵されており、特有の自己組織化現象が発生していると考えられる。
本発表では、まず体内時計が生み出す時空間ダイナミクスの観察実験とモデル構築について説明する。葉では、細胞集団の同期現象に由来する位相波や、複数のスパイラル波の同時発生なども観察される。また、位相波は葉脈の部分で遅れて伝播する傾向があり、植物における時空間ダイナミクスの特徴となっている。ここでは位相遅れを再現する数理モデルを紹介する。
また、概日リズムを精密に制御する技術は、植物生産において有用である。位相応答曲線や振幅応答曲線、周期的な明暗サイクルへの引き込み現象などに関する研究から、概日リズムを正確に制御するための知見が得られる。これらの知見を数理的に体系化し概日リズム制御工学を構築していくことは、より高度な制御技術を創出する上で重要である。そこで植物の概日リズム制御工学の構築を目指し、微弱パルス刺激に対する位相応答や振幅応答、周期的な微弱パルス列への引き込み現象を詳細に調べ、それらを統一的に理解することを試みた。本発表では、これまで得られた成果と今後の展望について紹介する。
機械刺激による表皮細胞間カルシウム伝播の数理モデル
- 長山雅晴(金沢大学理工研究域数物科学系)
培養表皮細胞に対して機械的に刺激を与えた場合,表皮細胞間をカルシウムイオンが伝播する現象が知られている.この現象を再現するための数理モデルを構成し,実験と比較することにより,表皮細胞におけるカルシウムイオン伝播の機構を数理的に理解することを試みる.また,機械刺激が強すぎた場合,機械刺激をうけた細胞が死ぬ場合がある.このとき,死んだ細胞の周囲の表皮細胞は高濃度カルシウムの状態を 維持することが実験でわかった.この機構も数理モデルから理解することを試みる.この研究は,生体表皮のおいて正常な角層直下では表皮細胞にカルシウムイオン の局在化がみらる実験結果を数理モデルから理解するために行った研究の途中成果である.時間があれば,生体表皮におけるカルシウムイオンの局在化についても紹介したい.
神経活動の定量的光操作から見えてきた神経の暗号
- 久原 篤、森 郁恵 (名古屋大学 院理, CREST JST)
脳の神経回路を流れる複雑な情報が、個々の神経細胞内でどのように混線することなく伝達され、複雑な行動や思考を調節しているかを解明することは重要な課題である。我々は最近、線虫C. エレガンスにおいて、従来の分子遺伝学と最新の光学技術(ハロロドプシンや Ca2+イメージング)を組み合わせた解析から、単一の温度感知ニューロンが単一の介在ニューロンに対して、「興奮性」と「抑制性」の2種類のシナプス伝達を行なっていることを明らかにした。さらに、温度感知ニューロンにおけるCa2+濃度の変化率が、興奮性と抑制性のシナプス伝達の「切り替えスイッチ」として機能し、温度に対する応答行動の逆転を引き起こしていることを明らかにした。この結果は、単一の感覚ニューロンが、Ca2+濃度変化率に応じて興奮性と抑制性のシナプス伝達を使い分けていることを示す初めてのケースである。
本会では、単に研究結果をお話するだけでなく、特注で開発した装置やコンピュータープログラムの開発秘話についてもお話ししたい。具体的には、神経活動を定量的にリモートコントロールする光技術(光駆動性Cl-ポンプ: ハロロドプシン)を、「行動中」や「記憶中」の個体に利用する光学装置や、温度勾配上での個体の行動を定量的にとらえるための装置やプログラムに関して、今だから言える話しも交えてお話したい。
上皮組織の応力場のパターンと成長のダイナミクス
- 石原 秀至1,2 杉村 薫3 1東大・総合文化, 2 JST PRESTO, 3 理研
本講演ではまず、細胞集団内の力学場を推定する手法を紹介する。続いて、この手法や成虫原基の経時観察・組織伸展手法など、独自に開発した手法を活用して、上皮組織のパターン形成を解析した結果を説明する。
A. 細胞集団内の力学場を推定する手法の開発
多細胞生物の個体発生過程では、組織を構成する各細胞の分子活性の変化が協調して力の場を生み出すことで、“かたちづくり”が達成される。この過程を理解するためには、組織の変形を駆動する力を特徴づけることが重要であるが、現在の実験技術では、細胞集団の中に働く力を直接測定することは非常に困難である。そこで私たちは、細胞の形から力を理論的に推定する手法を開発した。この手法では、各細胞がもつ圧力・張力を経時的に追跡することが可能であり、また、推定した力のパターンと個々の細胞の分子活性の比較も可能である。
B. 多細胞組織成長の力学過程
動物・植物の多くの器官形成過程で、細胞分裂の角度分布が最終的な器官のプロポーション決定に寄与することが知られている。一方で、単細胞系の実験から、細胞は周囲から与えられた力場の情報を元に紡錘体の向きを制御しうることが示されている(Thery et al. 2007)。そこで、多細胞組織において力が細胞分裂方向を制御しているか、力は組織の正しいパターン形成に必要であるかを明らかにするために、私たちは以下の解析を行っている。
- それぞれに特徴的な細胞分裂の角度分布を示す、ショウジョウバエの二種類の上皮組織:背板(notum)と翅 (wing) における応力場の方向性を解析する
- 組織伸展による応力場の撹乱が細胞分裂方向を変化させるか?
- 個々の細胞が力をどのように計算しているかを明らかにするために、細胞の形態や配置と細胞の分裂方向の関係性を探る
- 実験で観察された細胞分裂のルールの生物学的意義を組織成長の数値計算により評価する
これまでに、細胞の分裂方向と長軸方向は正の相関をもち、その結果、細胞分裂の角度分布は細胞が引っ張られて長くなっている方向(組織内の張力が強い方向)に偏っていることを見出した。また、組織の伸展により応力場のパターンを強制的に変化させると、伸展方向と平行な細胞分裂角度成分が増加することが示された。このことは、多細胞組織は自身が置かれた応力場のパターンをもとに細胞分裂の角度分布が変化しうることを示唆している。さらに、組織成長の数値計算の結果から、細胞の長軸角度から分裂面を決定するルールが組織の等方的な成長の安定性を高めていることが示唆された。これらの解析をもとに、細胞分裂の角度分布、細胞分裂により引き起こされる組織の応力場の変化、そして細胞骨格系タンパク質により規定される個々の細胞のかたちや力学的特性が互いに影響を与えあいながら、組織のプロポーションがどう決定されるかの解明に取り組んでいる。