From Japanese society for quantitative biology

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Contents

第一回年会 (セッション2)硬派定量生物学

日時

2008/01/11 15:00-16:30 セッション2

企画担当者

  • 小林徹也

概要

生命現象特にそのダイナミクスを定量的に明らかにするためには、現象を構成する素過程である化学反応とその速度定数のようなものを知ることは不可欠である。

このような研究は、たとえばシステムバイオロジーの黎明期においてもその重要性が指摘されたにもかかわらず、研究として非常に堅実で派手さが少なかったため、あまりまじめに取り組まれることはなかった。

しかし近年、様々な細胞機能がタンパクレベルで実装されていることが明らかになっているため、素過程である化学反応とそれらが実装するよりマクロな現象との整合性をしっかりと検証してゆくことが以前よりも増して重要性になっている。

さらに物理の歴史を振り返ると、たとえば重力定数の定量化は、その定数を用いて地球の大きさなど天文学的なスケールの現象にアプローチすることを可能にしている。 また、量子力学では、定量的なデータとその素過程との整合性を検証した結果、全く新しい知見へのヒントが得られている。

本セッションでは、このような生命現象の素過程とより高いスケールでの挙動や機能とを結びつける硬派な研究を着実に進めている研究者に焦点を絞り、この分野と定量生物における他の分野との関係などを議論したい。

プログラム

(発表者順, 敬称略)

GPCRモノマー・ダイマーの直接観察:1分子蛍光法を用いて平衡のパラメーターを完全に調べる

  • 講演者:笠井倫志
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)と呼ばれる、細胞膜を7回貫通する受容体は、ヒト遺伝子中で4000-5000種あると推定されている大きな受容体ファミリーであり、創薬の重要なターゲットになっている。視細胞におけるロドプシンのように、結晶構造の解明等、詳しい研究がなされている受容体もある一方、総じて、生きた細胞膜中での受容体の静、動的な振る舞いについては、解明されていない部分が多い。特に、近年、相当数のGPCRについて、2量体/多量体を形成するらしいことが、さまざまな研究グループによって報告されているが、このような会合体形成については、機能はもとより、あるのか、ないのかという基本的な議論も絶えない。このような議論や混乱の原因は、いくつか考えられるが、主な理由は、発現量に対する考慮が不十分であることや、現在このような研究に主に用いられている解析方法(FRET/BRET)の感度特性が、場合によっては決してよくないことが上げられる。
このような2量体形成についての議論に対する完全な答えを得るために、本研究は、走化性因子受容体の一つ、Formyl Peptide Receptor(FPR)を例にとって、生理学的条件下での細胞膜上での二量体形成を直接に観察し、さまざまな平衡パラメータをすべて決定することを目的にした。まず、受容体の発現量、リガンドと受容体の解離定数を一分子蛍光顕微鏡を用いて厳密に調べ、生理学的な受容体の発現量(9000 copies/cell)程度で実験を行うことにした。さらに、輝点の強度分布から、会合体のサイズを定量的に見積もる方法を確立し、この方法を用いた解析を行った。蛍光色素で1:1に標識したリガンドを受容体に結合させ、輝点の輝度分布を得て、FPRの会合体のサイズを調べた。この結果、生体内と同等の発現量のとき、単量体と2量体が同時に存在しており、約40%の受容体が2量体を形成することがわかった。ただし、2量体より大きな会合体はなかった(~1%)。また、この観察の過程で、プローブとして用いたGFPの発光率も同時に求めることができ、蛍光性GFPの割合は、70%であることが分かった。
さらに、FPR2量体の動的な性質についてしらべ、会合体の解離する速度定数も求めつつある。このように、GPCRの2量体形成についての静的状態についての議論にとどまらず、細胞膜上での受容体の会合状態の変化の速度定数も完全に調べたいと考えている。

細胞内情報伝達系の定量的反応パラメーター測定と数理モデル構築

  • 講演者:青木一洋(京都大学大学院 生命科学研究科 生体制御学)
細胞は外界からの種々の刺激を細胞膜上の受容体で感知し、その情報を細胞内の分子へと伝えることで細胞機能の恒常性を維持している。これが細胞内情報伝達である。細胞内情報伝達は、極論すると、生体物質の物理化学的な法則に従った拡散や化学反応の連鎖である。従って、要素間の反応や拡散等のパラメーターを指定することで、細胞内情報伝達をコンピューター上でシミュレートすることができる。これまでにも多くの研究者たちによって細胞内情報伝達をシミュレートする試みがなされてきた。例えば、最も理論研究がなされている情報伝達系の1つである MAPK 情報伝達系を見てみると、超感受性モデル(Hyper-sensitivity)、双安定性モデル(Bistability)、振動モデル(Oscillation)

といった数理モデルなどが報告されている。しかしながら、私はこれらの数理モデル研究に少なからず違和感を覚えてきた。同じ情報伝達系にもかかわらず、なぜ違うモデルがいくつも存在するのか?実際の細胞はどの数理モデルに当てはまるのか?反応やパラメーターをいじれば興味深い数理システムが現れるかもしれないが、そうすることが生命の理解に役に立つのか(←言い過ぎ?)。では、どのようにしたらよりリアルな細胞をモデル化できるのか?私は、これらの違和感は、それらのモデルで使われているパラメーター、反応系の「定量性」の無さに要因があると考えるに至った。このような細胞内情報伝達の数理モデル研究の現状を打破するには、私は、①泥臭くても定量的なパラメーターを自 分の手で取得し、②それを用いてモデル化・シミュレーションし、③さらに必要なパラメーターの取得、モデルの改善を行う、このような過程を繰り返すことがより生き生きとした細胞モデルに近づくために必要であると確信している。

本研究は、それを実践した一例として、MAPK 情報伝達系における定量的なモデル化と数値解析を行った。MAPK 情報伝達系をシミュレートするために必要なパラメーター(タンパク質濃度、結合・解離速度定数、核内外移行速度、リン酸化、脱リン酸化速度)を全て自分たちの手で定量的に測定し、反応のモデル化、数値解析を行った。そうすることで思いがけなく見えてきた MAPK 情報伝達系の応答特性について、本発表で紹介させていただく。

概日時計システム研究における生化学的アプローチ

  • 講演者:中嶋正人
近年の生命科学研究において、生命システムのネットワーク構造とその時空間ダイナミクスを把握し、動的で複雑な生命システムの動作原理の理解に迫ろうとする機運が高まっている。しかし複雑な生命システムの理解をもたらすと期待されている大規模解析では、実際に働くタンパク質の姿は単純化しすぎているため、生命システムの深い洞察へとつながっている研究例は少ない。生命システムの構成的研究は、現象の定量的な測定と摂動が容易であり、理論との共同研究の格好の場になりうることから、生命システムへの深い理解へ繋がる研究手法の一つになりうると考えている。
概日リズムは約1日周期で繰り返される動的な生命現象であり、生命システム研究のモデルシステムとして、概日時計遺伝子の同定や概日リズムの定量的測定、数理理論やシミュレーションなどの実験・理論の両面から長年研究が進められてきた。しかし周期が温度に依存しないこと(温度補償性)や周期決定などの概日時計の本質的な性質をもたらす分子機構は依然未解明である。シアノバクテリア概日時計では、KaiCリン酸化概日リズムの試験管内再構成により、周期決定や温度補償性の分子メカニズムが解明されることが期待されている。この成果は、概日時計の特性が構成分子の特性により大きく規定されていることを示すものでもある。また構成的アプローチが動的な生命システムの未解明な問題を明らかにする上でも強力な手段となりうることを示すものでもある。
我々は現在、哺乳類概日時計の温度補償性について、生化学及び構成的手法により研究を行っている。概日時計の周期や温度補償性はネットワーク全体の挙動により規定されると考えられているものの、周期が少数の反応の速度に大きく依存する場合、その反応が温度に非依存であれば、ネットワーク全体の周期も温度補償されるであろう。哺乳類時計タンパク質の局在や安定性の制御に関与するcasein kinase Ie/d(CKIe)リン酸化反応は、概日リズムの律速反応であることが示唆されている。我々がCKIeリン酸化反応の温度依存性を調べたところ、この反応が基質依存的に温度補償されていることを見出した。この結果は、哺乳類概日時計においても、少なくとも概日時計の頑健性(温度補償生)が素反応に依存することを示唆するものである。



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