第六回年会セッション3

From Japanese society for quantitative biology

生と死の定量生物学

講演者:
荒川 和晴(慶応大学)
若本 祐一(東京大学)

日時
2013年11月24日 10:00-11:30 セッション3

Chair
小林 徹也(東京大学)、二階堂 愛(理研情報基盤センター)

10:00-10:30 生命活動はどのように始まり、そしてどのように止まるか - クマムシ乾眠機構からのアプローチ

  • 荒川 和晴

生命とは何か。この究極の問いへの回答は生物学的・物理学的立場などから繰り返し試みがあるものの依然として哲学の域を出ないが、散逸構造維持のために代謝が不可欠であるという点は共通認識の一つであると思われる。しかし、生物は常に例外の宝庫である。主に陸生の非脊椎動物を中心としたクマムシなどのいくつかの生物種は、さまざまな環境変動(乾燥・低温・低酸素・浸透圧・毒素など)によってクリプトバイオシスと呼ばれる無代謝の休眠状態に移行することができ、環境の改善によって速やかに生命活動を再開することができる。よって、クリプトバイオシスは可逆的な代謝活動の停止であり、恒常的な代謝活動が見られる「生」、不可逆的な代謝活動の停止である「死」に加えた第三の生命状態と位置づけられる。そこで、我々はクマムシの中でも特に急速な乾眠が可能なヨコヅナクマムシ (Ramazzottius varieornatus) と、乾眠能力が弱い近縁種ドゥジャルダンヤマクマムシ(Hypsibius dujardini)を用いて、トランスクリプトーム、メタボローム、そしてプロテオームなどを駆使したマルチオミクス解析を進めている。短時間での乾眠移行では、ヨコヅナクマムシの水分量は数十分で急速に低下するため、これまでにトランスクリプトームやプロテオームの解析ではその発現量に明確な差はほとんど見られていない。一方、代謝物質に関しては通常状態と乾眠状態のメタボロームプロファイルは有意に異なった分布を示し、特に乾眠に伴う代謝の緩やかな停止、また、水分量の低下に伴う浸透圧及び酸化ストレスに対応したメタボロームの変化などが観察された。本講演ではこのようなクマムシクリプトバイオシスの分子機構に関する研究の進捗を紹介するとともに、生命活動とは何か、不可逆な生命活動の停止状態である「死」とは何か、について議論したい。

10:30-11:00 1細胞レベルの適応度ゆらぎと集団ダイナミクス

  • 若本 祐一(東京大学)

 細胞の表現型形質は、しばしば遺伝型差に依らないゆらぎを示す。そのような非遺伝的な表現型ゆらぎの中には、タンパク質発現量や、シグナル因子の時空間ダイナミクスパターンといった分子レベルの形質だけでなく、成長や細胞の形態、運動能といった、多くの分子の相互作用の上に成り立つ、よりマクロな生理状態などの形質にも見られる。特に、成長や死といった細胞の適応度を決める形質のゆらぎは、集団ダイナミクスに直接影響を与えるとともに、集団内で生き残る細胞系譜の性質を定める。分子-細胞-細胞集団という異なる階層間での関係を理解するには、細胞が成長し、死ぬという、当たり前だが本質的な生物固有の事情を勘案する必要がある。  今回の発表では、主に2つの研究について紹介したい。まず最初に、定常環境下に置かれた大腸菌の成長ゆらぎと、集団および細胞系譜の成長形質の関係について述べる。我々は独自に開発した長期一細胞計測技術を用いて、一定環境下における細胞レベルの詳細な系譜を取得した。これを解析することで明らかになった、集団のダブリングタイムと細胞の平均世代時間の差や、年齢構成分布、細胞系列の性質が、シンプルな分枝過程モデルと定量的に高い精度で一致することを示す。次に、致死的な環境下にクローン細胞集団を置いたときに、一部の細胞系列が長期間生き残り続ける「パーシスタンス」と呼ばれる現象の1細胞解析について述べる。特に遺伝子の確率的発現によって、細胞レベルの適応度が影響を受け、生き残る系列が選ばれることを、マイコバクテリアと大腸菌の実験結果とともに紹介する。また、生存に関連する因子の発現ゆらぎの性質を変えることで、集団の適応効率が大きく変わることを示す。

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