第五回年会セッショ2

From Japanese society for quantitative biology

統計的時系列解析が明らかにする生命ダイナミクス(仮)

講演者: 廣島 通夫(RIKEN・QBiC)、近藤 洋平(東京大学総合文化研究科)、大森 敏明(神戸大学大学院工学研究科)

日時

TBA

Chair

TBA

概要

ErbB受容体の反応調節機構の1分子解析

  • 廣島 通夫(RIKEN・QBiC)


 細胞膜受容体であるErbBファミリータンパク質は、細胞外シグナルを細胞内に伝える際に、会合体形成を通じてシグナル伝達の調節をおこなうことが示唆されている。この調節メカニズムを詳細に調べるため、我々はErbBの細胞膜上での動態や、細胞内シグナル分子との相互作用、リガンドとの反応キネティクスについて、1分子計測を用いた研究を進めている。

 1分子計測によって、多くの場合、個々の分子の位置や輝度の情報を含む時系列データが得られる。しかし解析手法の限界から、大抵においてこれら空間や時間に関する情報を失うような統計処理に頼らざるを得なかった。細胞での分子反応には局所的あるいは段階的に調節を受けるものも存在するため、データに含まれる情報を損なわず、いかに有効に活用できるかが重要となる。

 GFPを融合させたErbB1の動態を細胞膜上で1分子計測することで、輝点位置と蛍光強度の時系列データが得られる。拡散の解析において通常計算されるMSD(平均二乗距離)は分子の平均的挙動の時間発展を表すため、各時刻における分子の位置情報は反映されず、さらに運動の性質が中途で変化する場合は誤差が多くなる。そこで本研究では、時系列データに隠れマルコフモデルを適用し[1]、輝点軌跡から運動状態を、蛍光強度から会合体サイズを時々刻々推定することで、各々の分子が、いつ、どこで、どのような状態にあるかを特定できるようにした。さらに、下流シグナル分子との相互作用についても二波長を用いた1分子計測をおこない、同様の手法によって解析した。これらの結果から、ErbB1の滞在領域や会合体形成が、分子間反応と密接に関連することが示された。

 一方、ErbBと蛍光リガンドとの結合および解離を1分子計測し、それぞれのレートを算出するとともに、反応機構のモデルを構築した。モデルから、単量体や二量体のErbBと結合するリガンド分子数によって3種類の結合親和性が現れること、二個目のリガンドが結合した二量体では速やかなキネティクスの変化が生ずることが示唆された[2]。これらの機構は細胞が、リガンド濃度の変化に感度良く、素早く応答することに役立つと考えられる。

 本講演では、1分子計測で得られた結果を、新たな解析手法や反応機構モデルと組み合わせることで新たに見えてきた、ErbBによる細胞シグナル伝達の反応調節機構について詳述する。

参考文献
[1] Low-Nam S., Lidke K., Cutler P., Roovers R., van Bergen en Henegouwen P., Wilson B., Lidke D. ErbB1 dimerization is promoted by domain co-confinement and stabilized by ligand binding. Nature Str. Mol. Biol. 2011;18(11):1244-1250.
[2] Hiroshima M., Saeki Y., Okada-Hatakeyama M., Sako Y. Dynamically varying interactions between heregulin and ErbB proteins detected by single-molecule analysis in living cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2012;109(35):13984-13989.


一細胞時系列に基づくメカニズ厶の抽出と再構成


 自ら動きまわる能動的な要素の集合体は,動物の群れや細胞の集合体など,様々なスケールで我々の身近に存在している.このような集合体は,熱平衡状態で熱的に揺らぐ受動的な要素の集合体と異なり,平衡統計力学での記述はできない.しかしながら,群れ運動の様子などに着目すると共通の枠組みでの理解を示唆させる振る舞いが見うけられる.そこでこれら自ら動き回る能動的な要素の集合体を“Active Matter”[1]と称し,統一的に理解しようとする試みが盛んとなっている.

 このような背景の下,我々は運動する要素として基板上に吸着した分子モーターであるダイニンにより駆動される10 μm程度の微小管に着目し,微小管の集団挙動を観察した[2].すると,ATPを注入し微小管の運動を始めたばかりでは構造が見られないが,徐々に微小管が集合・配列を始め,最終的に400μm程度の巨大な渦構造を形成した.この渦は10 mm程度もある基板上を全て覆いつくしており格子を形成していた.また単一の渦内部の微小管の向きは双方向であった.この集団挙動を理解するためまず微小管間の相互作用を観察した.本系では,微小管同士の1対1衝突が観察でき,衝突前は相互作用が見られず,衝突時に排除体積の効果により運動の向きが平行か反平行に揃うことが見出された.つまり微小管同士は局所的なネマチック相互作用を示すことが見出された.更に孤立した周りと相互作用しない微小管の運動特性を軌跡から解析した.すると,微小管の軌跡は曲率に長時間の相関をもつことが見出された.これら実験結果より短距離のネマチック相互作用と,運動方向変化に対する相関をもつ揺らぎを取り入れ,短距離相互作用する自走粒子のモデルであるVicsekモデル[3,4]の拡張を行った.このモデルを用い,実験で測定した実験系の値から得られるパラメータを用いて数値計算を行うと渦格子の生成が再現された.

 以上の結果は,局所的で単純な衝突相互作用であっても,運動方向の揺らぎの有限時間相関により結晶のような周期構造を生み出す点で興味深い.また,方程式の上では相関のある運動方向の揺らぎは時間的に緩和する粒子の内部状態と考えることもできる.これは,より一般的な系,つまり動物集団や人間集団の集団運動を考える上で内部状態の取り扱いの一手法としても興味深いと考えられる.

参考文献
[1] S. Ramaswamy, "The mechanics and statistics of active matter," Ann. Rev. Cond. Matt. Phys. 1, 323-345 (2010).
[2] Y. Sumino, K. H. Nagai, Y. Shtaka, D. Tanaka, K. Yoshiakwa, H. Chaté, and K. Oiwa, ."Large-scale vortex lattice emerging from collectively moving microtubules, " Nature 483, 448-452 (2012). http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22437613
[3] T. Vicsek, A. Czirók, E. Ben-Jacob, I. Cohen, and O. Schochet, "Novel type of phase transition in a system of self-driven particles," Phys. Rev. Lett. 75, 1226-1229 (1995). http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10060237
[4] G. Grégoire and H. Chaté "Onset of Collective and Cohesive Motion" Phys. Rev. Lett. 92, 025702 (2004). http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14753946

TBA

  • 前多 裕介(京都大学白眉)


細胞間フィードバック回路を用いたパターンの作製

  • 松田 充弘(京大・生命学研究科)


 近年、生物機能を構成的に理解しようという取り組みが盛んになってきています。そこで私たちは、多細胞生物にみられる様々な細胞のパターンに着目し、それがどのようにして実現されているのかといった問題に、細胞内に遺伝子回路を作製しパターンを再現することで取り組んでいます。

 今回私たちは、Delta/Notchシグナル伝達経路を利用して、接着依存的な細胞間ポジティブフィードバック回路を細胞内に組み立てることで、細胞集団における空間的なシグナル伝播パターンを生み出しました。これは隣接した細胞のDeltaによって活性化されたNotchの下でDeltaの発現が誘導され、そのDeltaが隣の細胞にシグナルを伝えることでDeltaの発現が伝播していくものです。シグナルの伝播には、そのシグナル伝達の高いヒル係数と十分な増幅が必要であると予想されました。そこで数理モデルとシミュレーションを参考にして、Delta/Notchシグナルを増幅するために転写カスケードを2段階にし、Notchの正の制御因子であるLunatic fringeを用いたところ、この遺伝子回路が組み込まれた細胞でシグナル伝播パターンが見られました。またさらなるシミュレーション解析から、細胞集団における双安定性とシグナル伝播の実現条件は同じであることがわかりました。これらの結果は細胞間ポジティブフィードバックが、シグナル伝播パターンと細胞集団における双安定性の実現に十分であることを示しています。

 現在私たちは、別の細胞間ポジティブフィードバックを用いた側方抑制パターンの作製に取り組んでおり、あわせて発表できればと考えています。また生物にみられる様々なパターンがどのようにしてできるかについて議論したいです。

参考文献
Matsuda M, Koga M, Nishida E, Ebisuya M. Synthetic signal propagation through direct cell-cell interaction. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22510469


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