年会2010セッション2

From Japanese society for quantitative biology

第二回年会 (セッション2)力・細胞骨格・運動の定量生物学

日時

20010/01/10 15:15-17:15 セッション2

Chair

  • 杉村 薫(理研)

概要

プログラム

(発表順、敬称略)

胎生期脳での細胞核エレベーター運動の解析
〜組織発生における定量・モデリングの活用〜

  • 講演者:小曽戸陽一(理化学研究所CDB、kosodo@cdb.riken.jp
    木村暁(遺伝学研究所、akkimura@lab.nig.ac.jp)

脊椎動物の脳形成過程で、中枢神経系の神経細胞は、「神経前駆細胞」から生み出される。神経前駆細胞が持つ大きな特徴として、その細胞核が「細胞周期」に従って組織内を往復運動することが知られている(「エレベーター運動」)。すなわち、胎児期脳組織のアピカル表層で細胞分裂(M期)が起こり、その後のG1期で基底膜側方向に細胞核が移行する。DNA合成期であるS期に核は脳室帯の基底膜側に局在し、次のG2期間に細胞核は再び基底膜側からアピカル側に逆方向に移行する。エレベーター運動の正常な進行と発生期脳での神経新生には関連が示唆されており、この運動の特徴である「組織構造の秩序を保ちつつ、細胞周期に従った」核移行メカニズムの解明は、胎生期の脳形成を理解する上で重要である。

本研究を始める上で、方向に依存した能動的及び受動的な細胞核の運動が、時(細胞周期)空間(上皮極性)的に秩序立った「組織の恒常性維持」に重要であるとの作業仮説を立てた。仮説の検証を目的として、細胞生物学的手法で特定の分子装置の役割を検討することに合わせ、細胞核運動のシミュレーションモデルと定量的実験を複合した解析を行った。

本年会では、上記エレベーター運動に関する我々の研究の紹介を軸に、発生期の組織形成を研究する上での定量的測定・モデル活用の意義、課題点、可能性について、ペアセッションという形式で議論を進めていきたい。

アメーバ運動の力計測と力受容による運動方向の決定

  • 岩楯好昭(山口大学大学院医学系研究科、JSTさきがけ)

アメーバ運動は外部に誘引物質が無くても自律的に形成される。このとき細胞がさらされている環境には地面との力学的な関係しかない。ということは、細胞は自分が地面に発揮した力の反作用を自分で感知することで、アメーバ運動の前後極性を創り出し運動方向を決めているに違いない。このアメーバ運動の根源的なメカニズムを知るためには、まず、(1)アメーバ運動中の細胞が地面に発揮する力とその源となっている分子との関係を調べ、さらに(2)そもそも細胞は地面から受ける力を感知して極性を創ることができるのかを見極めなければならない。
我々は、細胞内の分子の振る舞いを全反射照明下で観察しつつ、細胞が地面に及ぼす力を計測するシステムを開発した。細胞性粘菌アメーバを用いて、この方法で得られ結果と、細胞が接着している地面を周期的に伸展・収縮させ、細胞に地面から一定方向の力刺激を与え続けたときの細胞の運動方向の観察から、細胞がアメーバ運動の前後極性をどのように創り出し運動方向を決めているのか検討したい。

不均質性を考慮した血管組織内の微視的応力分布解析

  • 松本健郎(名工大)

最近,力や変形などの力学的刺激が組織や細胞の形態や力学特性に少なからぬ影響を与えることが明らかとなってきている.例えば,血管壁は高血圧で肥厚するが,その肥厚は円周方向応力を一定に保つように起こる.また培養細胞では,血管内皮細胞に流体剪断力を負荷すると流れの方向に伸長・配向し,血管平滑筋細胞に繰返引張を負荷すると,繰返引張による変形がゼロとなる方向に配向する.このような細胞・組織の形態形成に対する力学刺激の影響が,発生を始めとする様々な形態形成過程で重要な役割を果たしていることは想像に難くない.このため,胚や組織内部の力学場を探ろうとする研究が盛んになりつつある.例えば胚内部の細胞の動きを詳細に分析してひずみ場を推定する方法(Blanchard et al, Nat Med, 2009)や光弾性的手法により胚組織内部のひずみを探ろうとする方法(Nienhaus et al, Mech Dev, 2009)が提案されている.しかし,これらの方法で計測されるのは物体の変形であり,力は判らない.一般に,物体内部の応力分布を知るには物体内部の残留応力分布と力学特性の分布(不均質性)を明らかにする必要がある.ここでは,このような力学的不均質性と残留応力を有する組織内の力学場の推定方法の例として我々が取り組んでいる,大動脈壁内の力学環境の推定について紹介する.

まず単純な例として,血管が均質な円筒管だとした場合を考える.無負荷状態で管壁内部の応力が全てゼロだとすると,内圧が作用した管壁には内壁面に応力集中が発生することになる.このような応力集中は非生理的であり,また動脈の輪切試料を半径方向に切断すると輪が開いて円弧状になることから,無負荷状態の血管壁には内壁側に圧縮,外壁側に引張の応力が残留していることが推察される.このような残留応力を考慮すると,生理状態の血管壁は,厚み方向の全ての部位の組織が等しく円周方向の張力を負担することになり,力学的には理想的な構造物となる.ところが実際の大動脈壁はヤング率が10kPa程度の細胞から600kPa程度のエラスチン(弾性板),1GPa程度のコラーゲンまで,力学特性が大きく異なる幾つかの部材から構成されている.血管壁が伸長された時にこれらの要素が同じように伸長されたとすると,加わる応力には要素間で10^5倍もの違いが生じることになる.逆に生理状態でこれらの要素に等しく応力が加わっているとすると,無負荷状態の試料壁内部には要素それぞれの力学特性に応じた残留応力が存在することになる.実際,血管壁の薄切片から弾性板と平滑筋を単離する際の試料の変形から,無負荷状態の血管壁には弾性板に圧縮,平滑筋細胞に引張の応力が残留していること,更に同じ弾性板でも生理状態で加わる応力が異なる可能性が明らかとなってきている.本講演ではこれら細胞レベルの応力分布の推定の実例を紹介すると共に,胚内部の応力分布推定の可能性について議論したい.

細胞内分子イメージングと低分子化合物研究の融合に向けて

  • 渡邊 直樹 京都大学医学研究科・薬理学

細胞骨格系などの構造に数十ミリ秒以上会合する分子は、細胞内でその蛍光標識体を1分子ごとに可視化し、会合の頻度と分布、寿命などを定量的に捉えることができる。このようなリアルタイムに分子の性質を捉える手法は、動的な分子機構の素過程を解くための有力な手段となる。一方、フェノタイプベースの研究では、遺伝子のノックアウトやノックダウンが主流である。しかし、遺伝学的な処理は時間がかかるため、複雑な分子性質の絡み合いの末に生じた変化を分子可視化によって観察したとしても、メカニズムの正確な捕捉につながるとは限らない。この問題の解決には、より迅速に分子機能を変化させる低分子量化合物の導入が考えられる。実際、われわれのアクチン系制御機構の研究において、種々のアクチンドラッグが大きな役割を果たしてきた。更に、たとえ迅速な効果をもたらす低分子量化合物を用いても背後にある複雑系の理解なしにメカニズムを解明できないケースがある。われわれの最近の研究で経験したLatrunculin Paradoxなどを例に、分子可視化解析と薬剤活用の相乗的な能力、および薬物の性質解析の重要性について議論する。

  • (参考文献)
    • Higashida, C. et al. J. Cell Sci. 121: 3403-3412 (2008)
    • Fujita, A. et al. Mol. Pharmacol. 75: 75-84 (2009)


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