年会2010セッション1

From Japanese society for quantitative biology

第二回年会 (セッション1)定量生物学の要素技術

日時

20010/01/10 10:30-12:00 セッション1

Chair

概要

プログラム

(発表順、敬称略)

自己組織的パターン形成過程を定量解析するためのプローブ開発とその応用

  • 堀川一樹(北海道大学 電子研、JSTさきがけ「生命システム」領域)

動的な生命現象を定量解析するには計測技術が必須である。細胞や組織の形態のように単純に画像取得するだけで十分な場合もあれば、化学信号のように何らかの手法を用いて細胞の内部状態を非侵襲的に可視化する必要が生じる場合もある。本発表では、最大10万個の細胞集団が行う自己組織的パターン形成過程において自発的に生じる細胞間化学信号伝播パターンを可視化するためのFRETプローブ開発およびそのアプリケーション例を紹介する。特に実験家の視点から、興味ある現象をライブイメージングしようとする際に、生じうる技術的問題点と解決の方法をDO IT YOURSELFをキーワードに議論したい。

三次元単粒子追跡方法を用いた細胞内ナノメトリ計測

  • 渡邉朋信(大阪大学免疫学フロンティア研究センター )

バイオイメージング技術は、蛍光蛋白質と共に成長してきた。蛍光蛋白質は、細胞内での蛋白質の運動の実時間観察を可能としたからである。特に急速に広がった技術が、近接場照明を用いた1分子計測技術である。近接場照明により背景光を劇的に軽減させれば、昼間には見えない星が夜見えるようになるのと同じ理屈で、蛍光色素1分子の像を検出できる。近接場照明を用いれば、観察目的とする蛋白質に蛍光蛋白質と融合させるだけで、蛋白質1分子の運動を追跡する(単粒子追跡法)事が可能である。比較的簡単な光学系と観察試料の調整の簡便さから、単粒子追跡法は、膜蛋白質の運動、エンドサイトーシス、小胞輸送、ウィルス感染様式などの直接観察の手法として、強力なツールとなってきた。近年、蛍光蛋白質や蛍光色素に変わり、蛍光蛋白質より20倍以上明るく、40倍以上寿命の長い量子ドットが開発された。蛋白質を量子ドットで標識するだけで、単粒子追跡法の位置精度が、nmの精度に向上する。蛍光画像を取得する為の画像取得技術の向上も重なり、単粒子追跡法は、細胞内ナノメトリ法として、主に細胞内におけるモーター蛋白質の観察に応用され、現在は、仮足伸長や核膜輸送など様々な生体現象の観察にも使われている。

現在、バイオイメージングは、さらなる進化を始めている。それは顕微鏡観察の三次元化である。ニプコウディスクを用いた共焦点顕微鏡と、対物レンズを高速かつ正確に走査するアクチュエータが開発され、リアルタイムでの三次元観察は実現しつつある。さらに、ごく最近、共焦点顕微鏡を使わずに、量子ドットなどの微小粒子の運動を三次元的に追跡する光学系と解析法が開発された。解析技術の発展も助けとなり、今や、生きた細胞内で蛋白質の運動を、nm・msの精度で、かつ、三次元的に追跡できる。本発表では、その手法を二次元と三次元と分けて紹介する。

 光学顕微鏡における空間分解能は、回折限界により決定され、せいぜい光の波長程度(数百nm)である。空間分解能とは、二点の点光源を分け得る能力であって、一点の点光源の位置を得る能力ではない事に注意されたい。回折限界より小さな蛍光粒子によって作られる蛍光像(点像分布関数(PSF); Point Spread Function)は、近似的に波長程度に広がったガウス分布に従う。従って、光強度を重みとし、ガウス関数で近似計算を行う事で、蛍光粒子の位置を正確に知る事ができる。蛍光粒子の動きが空間分解能より小さくても、重心位置を計算すれば、蛍光粒子の移動量を得る事ができる。この様に、原理は簡単であるが、光強度さえ十分であれば、理論的には1.0nm以下の位置精度も可能である。粒子追跡の時間分解能は、蛍光画像の取得には、CCDカメラを用いるのが主流であるため、CCDカメラのフレームレートで決定されてしまう。その時間分解能を破る解析法法が開発されている。今回の発表では、フレームレートが2msのカメラを用いて、0.33msの時間分解能で粒子追跡を行う方法を発表する。

三次元粒子追跡法を達成するために、もっとも簡単なアイデアは、三次元画像を用いることである。現在は、共焦点顕微鏡を用いた三次元画像取得は、複数枚の画像取得を必要とする上、対物レンズ、ニプコウディスク(あるいは、ガルバノスキャナ)など、何かしらを駆動を必要とする為に、三次元追跡の時間分解能は、~秒程度に留まる。この壁を越えるために作られたのが、二つの異なる焦点面を一度に取得する光学系(二焦点光学)である。二つの焦点面間に存在する蛍光粒子は、両方の焦点面に像を写し、その像の蛍光強度差は、粒子の光軸方向の位置(z軸)に依存する。蛍光強度差とz位置の相関を利用すれば、蛍光粒子のz軸方向の位置を取得する事ができる。現在は、さらに簡単な手法が提案されている。結像側の光学系に、シリンドリカルレンズを配置することで、二焦点光学と同様の効果を一つの画像で得られるのである。上記光学では、粒子の像は楕円形となり、その楕円率がz位置に相関を持つ。単純な方法論ではあるが、その粒子追跡精度は、1000光子 (蛍光蛋白質1分子程度) 発生時で、xy軸で4nm、z軸で10nmと、二焦点光学に比べて2倍程度、良い。

『生物現象を定量する』と言う観点において、装置・手法の簡素化が重要である。複雑な装置・手法は、所謂アーチファクトを生み易く、その原理を理解をしないままでは、アーチファクトを発見するのは難しい。より簡単に、より正確な数値の取得が、生物を定量する上での必須事項である。

視床下部神経活動の光操作による本能行動発現制御

  • 山中 章弘(自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門 准教授、JST 戦略的創造研究 さきがけ 脳神経回路の形成・動作と制御)

視床下部は摂食行動、性行動、睡眠覚醒などの本能行動の中枢である。本能行動は個体の生存や生物種の維持に極めて重要な機能であるが、それを調節する神経機構については未だに十分解明されていない。視床下部にはペプチドを神経伝達物質として含有する神経が多く存在し、その神経ペプチドが本能機能発現の本態と考えられている。このことは、神経ペプチド遺伝子の発現調節領域(プロモーター)を用いると、特定神経へ外来遺伝子発現を誘導できることを示唆している。これまでに、緑色蛍光タンパク質、カルシウム感受性タンパク質などを特定の神経に発現する遺伝子改変マウスを作成し、電気生理学的解析やカルシウムイメージングを用いて、本能行動調節に関わる神経回路網について明らかにしてきた。しかしながら、本能行動は個体でのみ生じる現象のため、その回路機能の動作原理解明には個体を用いた検証が不可欠である。
そこで、光によって神経活動操作を可能にする分子(光活性化タンパク質)をペプチド作動性神経に発現させた遺伝子改変マウスを作成し、個体レベルで神経活動の操作を行い、その結果惹起される行動を解析することによって、その神経回路が担っている生理機能の解明を試みる。
ここでは、睡眠覚醒調節に重要な役割を担っている神経ペプチド「オレキシン」を産生する視床下部のオレキシン神経細胞に光活性化タンパク質を発現させた研究を紹介する。オレキシン神経特異的に光活性化タンパク質を発現する遺伝子改変マウスを作成し、その活動を光によって制御したときの睡眠覚醒状態変化を解析し、睡眠覚醒調節におけるオレキシン神経の役割について明らかにする。


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